2024年12月13日(金)

シリーズ「待機児童はなぜ減らないのか?」

2017年4月12日

シリーズ「待機児童はなぜ減らないのか」では、いつまでたっても一向に改善されることのない待機児童問題の根本原因はどこにあるのか。「需要予測のミスマッチ」「非正規労働者の育児休業の実態」「共働きと長時間労働」「社会構造の変化」という点から解き明かしていく。

 「職を失っては、保育所なんて絶対に入れない」と、IT会社で契約社員として働く杉野綾子さん(仮名、32歳)は、嘆く。

 リーマンショックで雇用環境が厳しい就職氷河期に就職活動をし、なんとか契約社員だったが職に就くことができた。そのまま雇用は継続してきたが、妊娠したらあっさりとクビを切られ、マタニティ・ハラスメント(マタハラ)に遭って失職。「働いていないから預けられない」ループにはまり、“保活”どころではなくなった。

 職場では、皆が毎日終電帰り。納期やプレゼンが近づくと、会社に寝泊まりと言うことがザラにある。妊娠してからも、それ以前と同様に働いていた綾子さん。ある日、お腹に痛みを感じるようになり、稀に少量の出血をするようになった。切迫流産(流産しかかる状態)まではいかなかったが、思い切って上司に「流産が心配なので、早めに帰りたい」と相談すると、最初は理解を示したが「早帰りする分、仕事を代わってくれる人を自分で見つけて調整して」と冷たくなった。

 周囲では必ずしも皆が妊婦に理解があるわけではなく、不平不満が出たようだった。そのうち、「無理をして流産でもすれば、取り返しがつかなくなる」と言われるようになり、退職するようほのめかされた。重要なプロジェクトからは「配慮」と言われ、本意でなかったが外された。本来、妊娠中の業務負担の軽減や夜勤の免除は、労働基準法によって本人が請求すれば認められる。法違反すれば、6カ月以下の懲役か30万円以下の罰金となる。もちろん、妊娠を理由にした解雇は労働基準法で禁じられている。

 しかし、ことあるごとに上司から「本当に体調は大丈夫か。しばらく出産と子育てに専念したほうがいいのではないか」と言われ続け、最終的には契約を更新されずに事実上、クビになってしまった。「少しの配慮があれば、続けられたのに」と、綾子さんは釈然としない思いで職場を去った。夫の収入が決して十分ではなく、産後なるべく早く働きたいと保育所を探したが「求職中」では箸にも棒にも引っかからない。就労中の人とは同じ土俵で闘えず、“保活”のスタートラインにも立てないような状況だ。

非正規労働者の増加と0歳児保育ニーズの相関関係

 待機児童が減らない理由の大きな原因には、このような子育て期の世代の非正規雇用の増加がある。第1~2回で指摘したように、「非正規雇用労働者」の増加は「0歳児保育のニーズ」の増加に直結するが、それが考慮されていない。さらに問題なのは、望まない失業が潜在需要を膨らませているはず。

 社会人としてスタートを切った時期が就職氷河期に当たり、やむを得ず非正規雇用になった子育て世代は少なくない。また、少数精鋭の正社員で長時間労働に疲弊し、転職を機に非正規になるケースもある。マタハラによって正社員から非正規に条件を変更させられた、「妊娠解雇」に遭ったなどの理由で、保育所に入るためのスタートラインにも立てなくなると、そのまま潜在的な待機児が増えるのだ。

 保育所の入園審査では保護者の雇用状況や家庭環境などが点数化され、利用基準指数などと呼ばれる点数がつく。例えば、ある自治体では、保護者(父母)が居宅外労働(いわゆるサラリーマン)や外勤・居宅外自営で「週5日以上勤務し、かつ週40時間以上の就労を常態」という働き方が最高の利用基準指数がつき、50点だとする。時短や融通の効く勤務をしていて、「週5日以上勤務し、かつ週37時間以上の就労を常態」だと45点。「求職中」だと10点、「ひとり親」であると50点――など、自治体によって異なるが、おおよそ類似した指数がつき、その点数の多い順に入園が決まっていく。

 今や、保育所利用の需要の高い地域では、両親がフルタイムかひとり親であることなど、最高点がついて初めて入園できる地域も少なくない。もし両親のうちいずれかが非正規雇用か居宅内での自営業で就労時間が認められずに点数が最高点から1点でも足りなければ、待機児童になってしまう状況だ。


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