2024年4月20日(土)

チャイナ・ウォッチャーの視点

2010年10月4日

「中国軟化」の背景にある3つの理由

 「中国の軟化」の背後には、何があるのだろうか。

 原因の一つとして考えられるのは、中国政府の理不尽な「対日報復措置」に対する国際社会の批判だ。9月下旬に入ってから米国のワシントン・ポストやシンガポールの有力紙などが相次いで中国批判の論評を掲載したりして中国への国際社会の風当たりが急速に強くなった。

 もう一つの要因は中国の国内事情だ。10月12日から中国共産党中央委員会の年に1度の全体会議(五中全会)が開かれるが、この会議においてポスト胡錦濤の後継者体制作りが山場を迎える。国内政治上の大事な日程を控えている中で、中国はしばらく、外交上の波風を立てたくなかったのではないか。

 そして最後にもう一つ、中国政府の日本への「謝罪と賠償要求」に対して、日本側が拒否の姿勢を明確に示したことも大きかったと思う。9月26日、日本政府首脳が「拒否」と明言した直後から、中国の強硬姿勢に変化が見られたのだから、「毅然とした対中外交」の重要性が再び証明された。

新たな布石を打ち始めた中国政府の動きを注視せよ

 この原稿を執筆している10月4日時点では、事件発生以来の緊迫が終息に向かっているかのように見えるが、中国は本当に矛先を収めて「対日友好」に転じてくるのだろうか。実は、中国政府の対日姿勢の「軟化」が見られたのとまったく同じ時期に、それとは正反対の動きもあった。9月27日に北京で行われた中露首脳会談で「第二次大戦終結65周年に関する共同声明」が調印されたが、「歴史問題」の蒸し返しから始まったこの反日色の強い「共同声明」は明らかに、中国がロシアと組んで「領土問題」での「対日共闘」をアピールしようとしたものである。

 そして9月30日、中国の新華通信社は共同声明の「歴史的意義」に対する解説の時評を配信したが、「釣魚島(尖閣諸島)」という固有名詞はその中で姿を現した。中国政府の意向を代弁したこの時評は、戦後、米国が尖閣諸島を沖縄と共に日本に返還したことを「ポツダム宣言に背いた勝手な行為」だと非難した上で、それが「歴史の正義が実現されずに、(戦争)犯罪は未だに清算されていないことの現れである」と断じた。

 要するに中国政府は、「尖閣問題」をわざと日本の「戦争犯罪問題」とリンクさせ、「歴史の正義」の大義名分を掲げて「犯罪への清算」の名目において、いわば「道義的高み」に立って尖閣諸島の領有権を争おうとする構えなのである。

 こう見ていると、中国は決して矛先を収めたわけではない。諸般の事情により日本との一時の「休戦」に入った北京政府は、むしろこの期間中に戦略を立て直して日本との「第2ラウンド」に備えているのである。そして今度、彼らはおそらく、本来なら存在しないはずの「領土問題」をまさに「領土問題」として正面から提起し、攻勢をかけてくるのかもしれない。いずれ再び、北京は牙を剥いてくるだろう。

 そうした意味で、「漁船衝突」の一件は決して終わったわけではない。尖閣諸島の領有権を巡っての日中間対立と争いは、まさにこれからである。

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◆本連載について
めまぐるしい変貌を遂げる中国。日々さまざまなニュースが飛び込んできますが、そのニュースをどう捉え、どう見ておくべきかを、新進気鋭のジャーナリスト や研究者がリアルタイムで提示します。政治・経済・軍事・社会問題・文化などあらゆる視点から、リレー形式で展開する中国時評です。
◆執筆者
富坂聰氏、石平氏、有本香氏(以上3名はジャーナリスト)
城山英巳氏(時事通信社外信部記者)、平野聡氏(東京大学准教授)


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