2024年4月27日(土)

東大教授 浜野保樹のメディア対談録

2010年10月12日

浜野保樹教授

 あのころジョン・レノンは、労働者階級にとっての英雄の歌だとか、例の「Imagine there's no heaven」とか、「パスポートのない国をつくってみよう」ですとか、そんな歌をね。

 言ってしまうと空想社会主義者に近い主張を歌に込めてましたよ。(シャルル・)フーリエ、(ロバート・)オーウェン…。そういう連中ほど理論的じゃなかったから、「ユートピア」のトマス・モアかな。

 イギリスは、多いですよね、そういう系譜の思想家が。当時わたしは、やっぱりジョンもそんなふうになっていくのかな、と。

 中には批判する人がおりました、日本でも、それからアメリカでも。

 「ジョン・レノンはあんな莫大な財産を抱えておいて、イマジンだの、Woman is the nigger of the worldだの、よくも言えたもんだ」っていう。

 だけど思想家ってのはそういうもんだと、僕なんか言ってました。社会主義思想家の出自が貴族階級だってことは、少なくない。

 それを思うと、満ち足りたジョン・レノンをもってして初めて言える、万人平等の世界に対するイマジネーションっていうのは、オノ・ヨーコさんの場合もそうだが、あるのじゃないか。 

オノ・ヨーコと連帯します!!

浜野 なるほど。

石坂 1963年ごろですかね。オノ・ヨーコを青山通り沿いにある草月会館で見たんですけど、なんか、つくねんと座ってましたよ。

浜野 …?

石坂 舞台に。ええ。ずーっと、座ってるの。で、音叉みたいの持ってて、音をひとつぽーんと出して。「わたしはこの音がする限り実在する」、とか、「音とともにいなくなる」、だったかな、そんなこと言って。

浜野 前衛芸術…。

石坂 僕はオノ・ヨーコのシングル、日本向けに初めて出すシングル盤ってのを手掛けたんですが…。

 売れねえだろうなあって思ったけど、ヨーコさんが「いいのできたわよ、あなたお聞きなさい」って。


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