校則に関するやり取り自体が「時間の無駄」
工藤氏の授業スタイルは1年目から独特だった。1コマで展開する話の流れを綿密に構成し、「どこで生徒たちの興味を惹くか」「どの部分で盛り上げるか」を、自分が舞台に立っているつもりでシミュレーションする。教科書はできる限り使わない。
「普通なら『教科書のこの部分を教えなきゃ』と考えるのかもしれませんが、私の場合は、『この内容を教えたら生徒たちはどう感じるか』をまず考え、授業というプレゼンテーションを組み立てます。必要に応じて例題も変える。このやり方は校長になった今も変わりません」
公立中学の現場にはさまざまな生徒がいた。もちろん勉強が得意ではない生徒も。集団指導が当たり前の時代に、数学が苦手な生徒向けの個別指導にも力を入れた。どうすれば彼らが楽しく学び、成績を上げられるかを考える日々。
そんな中でも、「理不尽さを嫌う自分」を捨てることはなかった。
「かつては『校則なんて何の意味があるんだ』と思っていた自分が校則を守るよう指導する側に回ってしまい、戸惑いもありました。テレビを見れば長髪の芸能人がたくさん映っている。社会人の大人の中にもいくらでもいる。『決まりだから』と周囲の先生たちがどれだけ言っても生徒には響きません。当然ですよね」
しかし、成文化されたルールを守らずに損をするのは、結局のところ生徒たちだ。教師や親など周りの大人たちの見る目が変わる。理不尽なフィルターをかけられた生徒たちの心はさらに頑なになり、大人たちとの間で不要なコミュニケーションが生じる。自分自身がかつて校則に反発し、髪を伸ばしていたときにも、大人がこだわるルールの土俵に乗って無駄な時間を過ごしていただけなのかもしれない。結局はどうでもいいことだったのに……。
「こんなやり取り自体が時間の無駄なんだから、自然とルールを守れるようにしてあげなければいけない。そう感じるようになってからは生徒たちへかける言葉が変わっていきました」
うちの学校は自由じゃなくて、規則がある。規則は人によってとらえ方が違うよね。厳しいと思う人もいれば、甘いと思う人もいる。そうした「感じ方の違い」を話してもキリがない。だからもう、ルールを守っておきなよ。先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう。僕は校則違反を認めるわけじゃないけど、次からはもう、君の髪が長くてもこの話はしないよ。
大上段に構えて理不尽なルールを押しつけるのではなく、教員としての立場を取り繕うために言っているわけでもない。「無駄な時間を過ごしてほしくない」という合理的な理由で語りかけていることが伝われば、相手の反応が変わる。それを工藤氏は生徒たちから教えられたのだという。
「『礼儀や規律、服装などが大事じゃない』なんて言っているわけではありません。世の中に出れば、それが大事な場所で働かなければならないことがあるのは重々承知しています。しかし、礼儀や服装などの見た目のマナーを優先するあまり、その枠の中に入れない人を排除してしまい、幸せを得る力とか、人の役に立つ喜びとか、ともに学ぶことで得る教育そのものの価値を失ってはいけないと思っているんです」
生徒たちのためには、徹底した合理主義者となることもある。このスタンスは後年、工藤氏が教育委員会を舞台に改革を巻き起こしていく際にも遺憾なく発揮されることとなった。
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「目的思考」で学びが変わる
千代田区立麹町中学校長・工藤勇一の挑戦
多田慎介 著(ウェッジ)
2019年2月16日発売
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第1回:「話を聞きなさい」なんて指導は本当は間違っている
第2回:対立は悪じゃない、無理に仲良くしなくたっていい
第3回:先生たちとはもう、校則の話をするのはやめよう
第4回:教育委員会の都合は最後に考えよう
第5回:着任4カ月で200の課題を洗い出した改革者の横顔
第6回:“常識破り”のトップが慣例重視の現場に与えた衝撃
第7回:親の言うことばかり聞く子どもには危機感を持ったほうがいい
第8回:保護者も学校を変えられる。麹町中の「もうひとつの改革」
第9回:社会に出たら、何もかも指示されるなんてことはない
第10回:人の心なんて教育できるものではない(木村泰子氏×工藤勇一氏)
第11回:「組織の中で我慢しなさい」という教育はもういらない(青野慶久氏×工藤勇一氏)
第12回:「定期テスト廃止」で成績が伸びる理由
第13回:なぜ、麹町中学は「固定担任制」を廃止したのか
第14回:修学旅行を変えたら、大人顔負けの「企画とプレゼン」が生まれた
第15回:「頑張る」じゃないんだよ。できるかできないか、はっきり言ってよ
第16回:誰かと自分を比べる必要なんてない(澤円氏×工藤勇一氏)
第17回:失敗の蓄積が、今の自分の価値を生んでいる(澤円×工藤勇一)
第18回:教育も組織も変える「魔法の問いかけ」とは?(澤円×工藤勇一)
第19回:「言われたことを言われた通りやれ」と求める中学校のままでいいのか(長野市立東部中学校)
第20回:生徒も教職員も「ついついやる気になる、やってみたくなる」仕掛け(長野市立東部中学校)
1983年、石川県金沢市生まれ。大学中退後に求人広告代理店へアルバイト入社し、転職サイトなどを扱う法人営業職や営業マネジャー職を経験。編集プロダクション勤務を経て、2015年よりフリーランスとして活動。個人の働き方やキャリア形成、企業の採用コンテンツ、マーケティング手法などをテーマに取材・執筆を重ねている。
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