2024年6月15日(土)

「犯罪機会論」で読み解くあの事件

2018年2月23日

「景色」に注目すれば、犯罪を回避できる

 アメリカの作家マーク・トウェインは、「人がトラブルに巻き込まれるのは知らないからではない。知っていると思い込んでいるからである」と語ったが、防犯対策について、まさにそうしたことが起きている。人々は、犯罪について「知っている」と思い込んでいるのだ。しかし実際は、宮崎勤事件が起きた30年前から、対策は一向に進んでいない。

 日本とは対照的に、海外では「不審者」という言葉は使われない。使っても、役に立たないからだ。海外で行われていることは、「犯罪をあきらめさせる」環境づくり――犯行のコストやリスクを高くしたり、犯行のリターンを低くしたりして、犯罪をあきらめざるを得ない状況を作り出すことだ。このように、「なぜここで」というアプローチを取る立場を、犯罪学では「犯罪機会論」と呼んでいる。

 犯行動機を発見できなくても、犯行動機をなくせなくても、犯罪の機会(チャンス)さえ与えなければ、犯罪を行わせないことができる。重要なことは、犯行動機があるかないかは見ただけでは分からないが、犯罪の機会があるかないかは見ただけで分かる、ということだ。つまり、その場の「景色」に注目すれば、犯罪が行われる前に、犯罪を回避できるのである。

 宮崎勤事件や神戸連続児童殺傷事件のように、子どもがだまされて連れ去られる事件を防ぐには、子ども自身が、だまされそうになっていることに気づくしかない。しかし、人はウソをつくから、人を見ていてはだまされてしまう。だまされないためには、絶対にだまさないものにすがるしかない。それが「景色」である。人はウソをつくが、景色はウソをつかない。景色の中で安全と危険を識別する能力のことを「景色解読力」と呼んでいるが、それを高める方法については次回に。

  
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