2024年4月25日(木)

ヒットメーカーの舞台裏

2011年1月25日

 素材はステンレスとし、最適のバリ形状を決めた。刃のみならず、引き出したテープを切断する時に刃の手前で保持する「マクラ」と呼ぶ部分も苦労した。その形状や角度によって切れ味が大きく左右されるからだ。コストに直結する刃やマクラの加工性も考慮しながら、ベストの組み合わせを選択した。

テープを手で引き出す
5万回の耐久テスト

 製品化のメドは立ったものの、金重には大きな不安が残っていた。耐久性である。従来のノコギリ状の刃は実証済みだが、繊細なバリ状の刃だけに、磨耗のスピードが懸念された。さすがにテープカッターの刃の評価基準というのは業界内にもなく、開発チームは最終の試作品をもとに、5万回の耐久評価に着手した。ひたすらテープを引き出して切るという作業だ。「まず指の皮脂がなくなり、水ぶくれができて破れるんです」と、金重は苦笑しながら振り返る。スタッフの協力もあって数台での試験は終わり、顕微鏡で確認した結果、問題となる磨耗は認められなかった。ただし、ヘビーユーザーのため、替え刃は別売品で用意することにした。

 価格設定にも悩んだ。原価や利潤を考えると、2000円を上回ってしまい、テープカッターとしては高額の部類になる。社内では高すぎるという指摘もあり、金重の不安は膨らんだが、機能や品質の面から「お客様に使っていただければ、納得いただける」との思いもあった。

 ニチバンの研究開発部は、商品の開発だけでなく発売時のプロモーションや3年先までの商品育成も担当するというユニークな仕組みになっている。文具や日用品など身近なモノづくりを志望していた金重にとっては「魅力的な仕組み」であり、入社の大きな動機となった。

 ネーミングも金重が担当したが、第1候補はすでに商標登録されていた。「直線美」は2番手だったが、製品特性を端的に表して訴求力も強く「結果的にはラッキー」だった。売り込みも工夫した。製品紹介の雑誌を発行する出版社だけでなく、文具に関するブログを発信している人にもアプローチした。その結果、ネット経由の販売が同社の製品では例のない2割に達するなど、新たな販路の開拓にもつながった。

 子どもの時から憧れていた仕事の緒戦は順調なスタートとなった。まだ、「すべての面で経験不足だし、不安いっぱい」と言うものの、「これからも当社の粘着技術をベースにし、愛される製品を世に送り出したい」。始まったばかりのモノづくり人生に、夢は大きく広がる。(敬称略)


■メイキング オブ ヒットメーカー 金重麻美(かねしげ・まみ)さん
ニチバン 研究開発部

金重麻美さん             写真:井上智幸

1981年生まれ
子どものころから、モノをつくることに興味があった。公園で小枝を拾って、ホウキをつくり、友だちにあげて喜ばれるのが嬉しかった。
1997年(16歳)
理系科目が好きだったこともあり、東京工業大学工学部附属工業高校(当時)に入学。工業化学を学んだ。
2000年(18歳)
生活に関わるようなモノづくりがしてみたいと、お茶の水女子大学生活科学部生活環境学科(当時)に進んだ。界面化学を専攻し、環境への負荷が少ないドライクリーニングの溶剤について研究した。修士時代には、誰もやったことのない研究に挑戦しようと、金属パイプなどを加工して実験装置まで自前で作った。
2006年(24歳)
大学の研究とは離れてしまったが、自分に近い視点で関わることができるという理由で文具の開発に興味を持った。文具を製造していて、研究開発部が担っている仕事の幅が広いということで、ニチバンを志望した。
2010年(29歳)
若手にチャンスをくれる会社に感謝しつつ、今度は「自分発」のヒット製品をつくりたいと思う。

 

◆WEDGE2011年2月号より

 

 


 

 

「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。


新着記事

»もっと見る