チャイナ・ウォッチャーの視点

2018年3月22日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

「ポピュリズム」を徹底的に演じきった習近平

 昔から中国では「只許州官放火、不許老百姓点灯」――「州官(やくにん)」、いま風にいうなら幹部の放火は許されるが、老百姓(じんみん)には灯を点ける自由すらない――といわれていた。役人の貪官汚吏ぶり、理不尽極まりない横暴を糾弾しながらも権力に対しては泣き寝入りするしかなかった老百姓(じんみん)の嘆きである。極論するなら、“中華数千年の歴史”のなかで「清官」と呼ばれる清廉潔癖で正義の役人は両手で数えられるほどもなく、他は圧倒的に貪官汚吏だったのだ。

 つまり中国社会は特権を享受する少数の官僚(幹部)と、その支配に従わざるをえない圧倒的多数の庶民によって構成されてきたわけだ。この社会的体質は伝統といえるものであり、共産党政権にも引き継がれ、社会主義社会でも続いた。いや一党独裁によって権力が一極集中するほどに、共産党政権における「州官」の力は肥大化したと考えられる。ましてや、それが一党独裁下の市場経済であればこそ、である。権力が富を生み、富が権力を引き寄せ、権力と富の「双贏(ウィン・ウィン)関係」は相乗効果を挙げながら雪だるま式に膨張する。このカラクリを「権貴体制」とも呼ぶ。

 江沢民も、胡錦濤も、政権掌握当初は不正幹部の摘発キャンペーンを強力に推し進めた。

 それというのも、不正幹部が握る既存の権力構造を切り崩し、権力を自らに純化・一元化する一方、不正に対する庶民の怨嗟の声に応えることで権力基盤の強化を狙ったからだろう。一種のポピュリズムである。だが、彼らには確たる成果はみられなかった。

 それもそうだろう。毛沢東、鄧小平ですら一掃ができなかったほどに不正幹部、つまり共産党独裁体制に貪官汚吏は寄生していたのだから。そのうえ経済発展によって、彼らは共産党権力の正統性を揺るがすほどの権力と財力まで手に入れてしまった。彼ら不正幹部からするなら、9億円の土地を8億円値引きした“程度”で1年以上も騒いでいる日本の姿は、おそらく理解できないはずだ。なにせ日本円に換算して兆単位で“私腹”を肥やした例もあるほどだから。

 だが習近平主席は違っていた。“盟友”である王岐山の辣腕によって「ハエからトラまで」を探し出し縛りあげ、150万人を超える不正腐敗幹部の権力基盤を切り崩した。熾烈な権力闘争であることは当たり前だが、同時に庶民の溜飲を下げるために習近平主席は独裁権力者にとって必須の条件であるポピュリズムを巧妙に演じたのである。

劉暁波が遺した「絶対権力の死角」

 中国人の民族性について時に辛辣に、時に笑い飛ばしながら語ることの多かった林語堂は、1935年にニューヨークで発表した『MY COUNTRY AND MY PEOPLE』(邦訳は『中国=文化と思想』講談社学術文庫 1999年)のなかで中国語における「動詞『賄賂を取る』は規則動詞」であると説き、「私は賄賂を取る。あなたは賄賂を取る。彼は賄賂を取る。私たちは賄賂を取る。あなたたちは賄賂を取る。彼らは賄賂を取る」と、その“活用形”を示している。

 永遠に「賄賂を取る」側に回ることのできない庶民は、徹底して不正摘発を進める者(=「清官」)を拍手喝采し溜飲を下げてきた。儚く、そして空しいことではあるが。

 政権1期をみるかぎり、権力闘争に貪官汚吏対清官という伝統的構図を持ち込み、自らを清官に位置づけた習近平主席の手法は成功したように思う。だが、肥大化する独裁権力は側近政治を生み、肥大化する権力が新たな不正幹部の温床となった歴史を考えるなら、一強体制破綻という事態も想定できないわけではない。あるいはSNSなどのツールが、厳しい言論統制の隙間を衝いてポピュリズムのカラクリを突き破る可能性も考えておくべきだろう。

 ノーベル平和賞を受賞しながらも不幸な死――ある意味では獄死に近かった――を迎えざるをえなかった劉暁波が「凡そ絶対権力は絶対に腐敗するだけではなく、絶対的な恐怖を呼び起こす。絶対的な恐怖は絶対的な暴力を導く」(「なぜ毛沢東にとって誰もが敵だったのか?」『混世魔王 毛澤東』余杰主編 主流出版 2017年)と綴っていることを、忘れてはならないだろう。

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