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2018年4月27日

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中西 享 (なかにし・とおる)

経済ジャーナリスト

1948年岡山県生まれ。72年共同通信社に入社。88年から91年までニューヨーク特派員、経済分野を取材し、編集委員を経て2010年に退社。現在は経済ジャーナリスト。著書は「ジャパンマネーの奔流―ニューヨーク・東京・ロンドンの24時間」(1987年、ダイヤモンド社)、「日本買い 外資は何を狙っているか」(2005年、PHP研究所)など。

勝負はこれから

日本で進む改良技術

 バイオテクノロジーの世界で最大の発明と称される「クリスパー・キャス・ナイン」の技術の素晴らしさは認められているが、遺伝子治療を医療現場で応用するとなると、解決すべき課題が山積している。そうしたなかで遺伝子治療を実用化に近づけようと、日本でも研究が進められている。

 東京大学大学院の生物科学専攻の濡木理(ぬれきおさむ)教授は「『クリスパー・キャス・ナイン』は素晴らしい技術だが、臨床現場では使い勝手が悪い部分がある。いまの『キャス・ナイン』(酵素たんぱく質)は大きすぎて、『クリスパー』(遺伝子配列)を修復したい遺伝子まで運ぶのが難しいので、これを小型化して遺伝子の編集作業を自在にコントロールできる『ミニ・キャスナイン』ができないか研究をしている。この技術が遺伝子治療に幅広く使えるようになれば大きく飛躍できる」と期待する。

自治医科大学の実験室(写真・WEDGE)

 都心から電車に2時間ほど乗った栃木県下野市にある自治医科大学。広いキャンパスの一角にある研究棟ビルの中でブタが十数頭飼育されている。濡木教授は自治医大の再生医学研究部の花園豊教授と連携して、開発した新技術をブタを使って試している。人間に用いるのと同じX線透視装置や手術支援ロボットを備えた手術室もある。

 花園教授は「マウスだと小さすぎて、必ずしも正確なデータが得られないが、ブタは人間とサイズや生理学的特徴がよく似ているので、臨床に役立つ結果が得られる。ブタを用いてのこれだけの医療設備があるところはほかにない」と話す。現在、遺伝子の変異によって起きるとされる難病SCID(X連鎖重症複合免疫不全症)の治療がゲノム編集でできないか研究中で、ブタで成功すれば人間による臨床に移り、実用化の可能性が高まる。

狙った遺伝子を修復する
クリスパー・キャス・ナイン

いままでFDAが承認した遺伝子治療は、昨年末に承認した網膜ジストロフィーのケースも含めて変異した遺伝子はそのままにしておいて、正常な遺伝子を体内に導入する手法だ。だが、「クリスパー・キャス・ナイン」を使えば、変異遺伝子に狙いを定めて修復ができる。正常な遺伝子を入れる手法の場合、入れた位置が悪かったりして白血病などの副作用を起こすリスクがあるといわれている。それに比べ、遺伝子を修復する方法は、そうしたリスクが低く、安全性が高い点が指摘されている。「人体の設計図」を意図的に変更することになる遺伝子編集は、安全性を抜きにして実用化はできない。

 「クリスパー・キャス・ナイン」のゲノム編集技術は、難病の治療に使われようとしているが、日本人の2人に1人がなるとされる、がんの治療につながるかというと、そう簡単ではない。なぜなら、がん患者は多くの場合、いくつもの遺伝子が変異を起こしているケースが多く、どの遺伝子の変異が、がんの発症につながっているのか識別するのがいまの医療技術では難しいという。このため、いまのところゲノム編集技術は、一つの遺伝子の変異によって発症しているとみられる病気の治療に応用されようとしている。

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