2022年8月18日(木)

メイドインニッポン漫遊録 「ひととき」より

2018年6月26日

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いであつし (いで・あつし)

コラムニスト

1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。
 

楮さん

 BUAISOUも、そんな徳島の天然藍に魅せられてしまった若者たちである。

 創立者の楮覚郎(かじかくお)さんは青森県出身の29歳。東京の美大で染色を学び工房に研修生として通っていたが、本格的に藍染を学びたくて、徳島の地域おこし協力隊※2に応募。平成24年(2012)、上板町(かみいたちょう)(徳島県板野郡)に移り住み、町営の藍染体験施設「技の館」で染液管理、来館者の指導をしながら、町内の藍師のもとで研修を受け、すくも作りから天然藍の染色を学んだ。

(写真左)技の館で藍染を体験(有料)する筆者。先生は日比生〈ひびう〉伸子さん
(写真右)インスタグラム用の枠も
<技の館>☎088-637-6555 9時~17時(体験受付は15時30分まで) 
定休日:月曜

 約1年の研修期間を終え、畑を借りて種をまき、すくも作り、染め、製作を続けた楮さん。平成27年、同じく地域おこし協力隊で上板町に移住してきて一緒に藍染を学んだ仲間と2人で、BUAISOUを立ち上げる。

 現在、BUAISOUのメンバーは楮さんを入れて5人。一番若い結城研さんは27歳。山形の銀行を辞めて上板町に移り住み、藍師のもとで修業を積んだ。アパレル担当の三浦佑也さんは楮さんと同い年。隣町の石井町でデザイナーをしていた三浦さんは「同年代で地元で服を作っている男性がいる」と紹介されて意気投合、メンバーに加わった。40代と一番の年配ながらも新入りの小薗忠さんは、やはり藍染に魅かれて地域おこし協力隊に応募して移住してきた。彼らの他にも、国内外での活動のマネージメントを担う西本京子さんがいる。

藍の苗を植える前の畑に立つBUAISOUの面々。堆肥には納田さんの豚の糞が使われる。左から、三浦さん、結城さん、楮さん、小薗さん、グウェンさん。グウェンさんは3月で母国シンガポールへ帰った

青い手で畑からクローゼットに

 にぎやかな徳島市内からクルマで約30分。すぐ近くを吉野川が流れる上板町に入ると、のどかな田舎の風景になってくる。田畑に囲まれたBUAISOUのスタジオは、古い牛舎だった小屋を自分たちでリノベーションして作った。天然の藍染とコラボレーションしたいと、ここに世界中から有名ブランドやセレクトショップのバイヤーがやって来る。

結城さんの真っ青な手と、シリアルナンバーが付されたTシャツ

 スタジオに到着すると、温室の藍の苗に水やりに行く結城さんがいた。ニットキャップにデニムのシャツにスニーカー。格好だけ見たら、東京の中目黒あたりを歩いているお洒落な若者である。しかし、その手はジーンズのように真っ青。天然藍を染める作業で染みついてしまった色だ。

「洗えば一応とれるんですけどね。でもいちいち手を洗ってる時間がもったいなくて」

 そう言うと、青い手でホースを持って温室の藍の苗棚に丁寧に水を撒く結城さん。

 ワレワレが取材したのはちょうど温室で苗を育てる時期だったが、来月にはすぐもう苗を畑に植えて本格的なすくも作りが始まる。「新世代の藍染職人」といわれる彼らだが、種まきから刈り取りまで、1年のうちほとんどの作業はこうした畑仕事なのである。

※2総務省が過疎地域などの活性化を図るために作った制度

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