富士登山は江戸っ子にとっても、“一生もん”の大事なイベントでした。冨士講グループの皆さんは、白い衣装に、菅笠をかぶり、手には金剛杖、今でいうストックをついて「六根清浄(ろっこんしょうじょう)お山は晴天」と唱えながら登ってきました。山道をよく見ると、同じようなポーズの人がいます(④⑤・⑥⑦)。さすがに見事なトレースにコピー……北斎さんにはかないません。デザイン化された登山者は冨嶽に溶け込み、すっかり構図のパーツとなって200年近くしずかに馴染んでおいでです。
必死に登っている7人の菅笠をつなぐと、柄杓(ひしゃく)の形、あの北斗七星の形に見えてきませんか(⑧)。夜空を見上げて、北極星を見つけるときに最初に探す星座、おおぐま座の北斗七星に。北斎さんは、国土を守り、災いを除き、福寿をもたらすという「妙見菩薩(みょうけんぼさつ)」を信仰していたそうです。北極星を神格化した菩薩のことで、北辰(ほくしん)菩薩、尊星王(そんしょうおう)とも呼ばれます。北極星の日本での呼称、北辰から考えたお名前ともいわれる「北斎さん」のちょっとした洒落に思えてなりません。
絵のサインは「前北斎為一(いいつ)筆」(⑨)。「前は北斎を名乗った為一」という意味です。50歳頃は北斎でしたが、この「冨嶽三十六景」シリーズを描いた頃は、「一から為す」即(すなわ)ち「いちからはじめる」というすごいお名前。北斎さま、ご立派です。
【牧野健太郎】ボストン美術館と共同制作した浮世絵デジタル化プロジェクト(特別協賛/第一興商)の日本側責任者。公益社団法人日本ユネスコ協会連盟評議委員・NHKプロモーション プロデューサー、東横イン 文化担当役員。浅草「アミューズミュージアム」にてお江戸にタイムスリップするような「浮世絵ナイト」が好評。
【近藤俊子】編集者。元婦人画報社にて男性ファッション誌『メンズクラブ』、女性誌『婦人画報』の編集に携わる。現在は、雑誌、単行本、PRリリースなどにおいて、主にライフスタイル、カルチャーの分野に関わる。
米国の大富豪スポルディング兄弟は、1921年にボストン美術館に約6,500点の浮世絵コレクションを寄贈した。「脆弱で繊細な色彩」を守るため、「一般公開をしない」という条件の下、約1世紀もの間、展示はもちろん、ほとんど人目に触れることも、美術館外に出ることもなく保存。色調の鮮やかさが今も保たれ、「浮世絵の正倉院」ともいわれている。
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