――根本的な質問ですが、日本で「英語は必須だ」という場合の、「英語」というのはアメリカ英語なのか、イギリス英語なのか、それともシンガポールで話されている英語なのかハッキリしません。こうした根本的な問いかけについても本書では触れていますね。
久保田:日本の英語教育では、イギリスあるいはアメリカの標準英語が手本となっています。
しかし1980年代頃よりはじまった世界英語の研究によれば、アメリカやイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどのアングロ・サクソンの伝統を有し、英語が公用語やそれに準じた役割をしている国々、アメリカやイギリスの旧植民地だったフィリピンやインド、シンガポール、ナイジェリアなど英語が公用語のひとつになっている国々、そして日本などのように外国語として英語が学習されている国々の3つに大きくわけられます。このようにさまざまな英語が世界にはあります。
英語話者として白人のネイティブスピーカーを想像する方も多いでしょう。これは、韓国や台湾、中国などの各国でも同じような幻想があります。ただ、応用言語学では「ネイティブスピーカー=白人」という神話は現在否定されています。
――それだけ世界には多くの英語が存在するにもかかわらず、英会話スクールのウェブサイトを見ても、いかに欧米のネイティブスピーカーに学ぶことが重要かといった文言を見かけますし、英語を習いたいという人たちは欧米のネイティブスピーカーに習うのが一番だと考えがちです。実際に、第二言語として習得したノンネイティブスピーカーに習うのと、ネイティブスピーカーに習うのでは差があるものなのでしょうか?
久保田:私自身、カナダの大学でノンネイティブスピーカーとして教壇に立っています。1998年にアメリカを本拠地とする英語教師の団体である「TESOL」のなかに、ノンネイティブスピーカーの英語教師の分科会が発足しました。ノンネイティブスピーカーに関する学術研究によれば、長所はたくさんあります。たとえば、日本語が母語の人が外国からの留学生に日本語を教えることになった場合を想像してみてください。「これ、あれ、それ」の違いを明確に説明できますか? 他にも日本語の文法を習っていないので説明できないことがたくさんあります。英語も同様で、第二言語として学習してきた経験があるからこそ、言語形式や文法、語彙などを系統立てて教えることができるという利点があります。
――なるほど。ところで、ネイティブスピーカーに学ぶことと同様に、最近では英語の早期教育に注目が集まっています。公立小学校でも、これまで外国語活動として5,6年生で行われていた実質的に英語の授業が2020年から教科化されますし、外国語活動は3,4年生に下ろされます。現在の言語学の知見から早期教育は効果的なのでしょうか?
久保田:早期教育の熱はお隣の国々、韓国・中国・台湾などでも激しいですね。まず、早期教育について考える場合、移民として英語圏の国へ渡り、現地の小学校に通う場合と、日本の小学校の授業のような「外国語としての英語」を学ぶ場合にわけて考えないといけません。前者は、在校中はほぼ英語漬けですが、後者は1コマの授業が終われば、日本語で生活を送ります。そうなると、週に1,2時間学校で英語を習う程度で習得という観点からはほとんど効果はありません。また、スイスで行われた、8歳から英語を学び始めたグループと、11、13、14、18歳から学び始めたグループを比較し、英語の習熟度を長期に渡って比較した研究では、年長から学んだほうが習得速度が速いという結果に対し、8歳、つまり早い時期から学んだほうが良いという結果にはなりませんでした。年長者の方が習得の速度に関しては有利であるという結果は、英語圏の国へ渡った場合でも同様です。