2019年4月4日、ワシントンでは、NATO(North Atlantic Treaty Organization: 北大西洋条約機構)創立70周年を記念して、外相会議が開催された。
これは、1つのお祝い事ではあるが、逆に最近では、NATOは崩壊した、あるいは死にかけているという論説が、2、3出ていた。例えば、2月26日付のフォーリン・アフェアーズ誌には、フィリップ・ゴードンとジェレミー・シャピロ(Philip H. Gordon and Jeremy Shapiro)が、「トランプがいかに大西洋同盟を死なせたか(How Trump Killed the Atlantic Alliance)」と題する論説を寄せ、少なくとも現在の形でのNATOは既に死んだ、殺したのはトランプだと述べている。
一方、バリー・ポーゼン(Barry Posen)は、3月10日付のニューヨーク・タイムズに、「トランプはさておき、NATOにおける米国の役割は何か。(Trump Aside, What’s the U.S. Role in NATO ?)」と題する記事の中で、1991年のソ連崩壊によって、NATOに対する主要な脅威は失われ、それに伴い米国の欧州におけるプレゼンスの合理性も失われていたので、トランプがNATOにおける米国の役割の見直しを主張するのは正しいと主張する。
また、ウォルター・ラッセル・ミード(Walter Russell Mead)は、NATOは死にかけているが、トランプを非難するな、主たる犯人はドイツだという論説を、3月25日付のウォールストリート・ジャーナル紙の「NATOは死にかけているが、トランプを非難するな(NATO Is Dying, but Don’t Blame Trump)」と題して書いている。ドイツが、その国防予算を、黒字財政であるにもかかわらず、今後 5年間GDP比1.25%という低い水準に抑える決定をしたのは、ドイツにとって NATOと米国は最早差して重要でないからだ、ドイツはトランプだけでなく米国を嘲っていると、ミードは述べている。
NATOは死んだ、あるいは死にかけているという議論は有害である。NATOは今後も枢要な抑止力を提供し続けなければならない。ロシアのウクライナ、アゾフ海、あるいはバルト海における行動を見れば、そのことは明瞭である。欧州を標的とする中距離ミサイルの配備に正面切って踏み切るかも知れない。ポーランドやバルト諸国が脅威を感じているのは当然である。タンクやミサイルの脅威が終わったと思うのは早計である。NATOが新しい種類の脅威にも対抗するために変化することは当然であり、そのための努力は行われているのだと思うが、NATOの基本的機能が核と通常型の脅威に対する抑止にあることに変わりはなく、それを時代遅れとするのは思い違いである。それには欧州における米国の効果的なプレゼンスが欠かせないが、そのために、単にトランプという要因ではなく、構造的な変化の故に、欧州が NATOの維持、強化に、より大きな量的・質的負担をすることは避けられない。
ドイツの国防予算が伸びない原因には、国内政治があるらしい。国防予算は、SPD(ドイツ社会民主党)にとって、今なおCDU/CSU(ドイツキリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟)との違いを打ち出し得る問題ということらしく(財務相はSPDのシュルツ)、欧州議会選挙や地方選挙を控え、国防予算を抑えにかかっているらしい。昨年、CDU/CSUとSPDは、GDP比2%に至る中間目標として2024年までに1.5%とすることに合意したというが、2%はおろか、1.5%にも届きそうにないとあっては、物議を醸す言動で知られる駐ドイツ米国大使リチャード・グレネルならずとも、「NATO諸国は2024年までに 2%から離れるのではなく2%に向けて進むことを明確に約束したのだ」と苦言を言いたくなろう。「10年のうちに2%のガイドラインに向けて進むことを目指す」という2014年NATO首脳会議の合意にある弾力性のある2%は、今や固い目標と化している。ドイツには国防予算だけを尺度とするのではなく、国際の平和に対する貢献全体を見るべきだという議論もあるらしい。日本でも、その昔米国から公平な負担の観点から防衛予算の増額を要求されていた当時、ODAの算入や総合安全保障の考え方を言う向きもあったが、この種の議論は所詮言い訳にしか聞こえず、全く通用しない。
ドイツの国防予算の問題は、NATOは死んだという議論をしたい論者には格好の材料を提供している。メルケル首相は少なくとも2024年にGDP比1.5%を達成し得る軌道に乗せるべく早急に手を打つべきである。
欧州諸国、特にドイツは、米国の NATO支持勢力を繋ぎとめる必要がある。4月3日、下院議長ナンシー・ペロシと上院院内総務ミッチ・マコーネルのイニシアティブにより、NATO事務総長ストルテンベルグの議会における演説が行われた。この先例のない出来事は、NATOに対する支持の表れに違いない。ドイツは米国との間に、他にもノルド・ストリーム2、イラン政策、Huaweiの5G通信機器の取り扱い、自動車輸出といった問題を抱えているが、恐らく国防予算の問題が最も処理が容易であろう。
本年12月には、NATO創立70周年の首脳会議がロンドンで予定されているが、このままではトランプの矛先が向かうのみならず、他の同盟諸国からも信頼性を問われることになろう。メルケルが国内勢力を説得することが強く期待される。長い目で見れば、GDP比2%の国防費は、結局は安い買い物だということになろう。
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