2024年11月25日(月)

解体 ロシア外交

2011年11月26日

 さらに、ロシアにおいては知的財産の侵害問題が深刻だったが、それを保護するWTO規則を受け入れざるを得なかっただけでなく、国内の天然ガス企業を、「ロシア・ウクライナガス紛争」に見られたような外交手段としてではなく、利益追求型の企業として活動させることを約束させられた。ロシアの輸出は、WTOの規制対象外の石油・天然ガスが大部分を占めており、WTO加盟は、ロシアの政策の選択肢を狭めるという危惧も強く叫ばれてきた。

プーチンの駆け引き

 このように勝手気ままにやってきたロシアにとっては、WTO加盟で生じる不利益に関する懸念材料も多いため、ロシアが本気でWTO加盟を目指しているのかどうかという疑問も度々提起されてきた。

 ロシアのWTO加盟については、プーチン首相が、ある時は加盟交渉を支持する一方、ある時は想定外の要求を突きつけて交渉を滞らせるなど、不明瞭な態度を示してきた。たとえば2008年のグルジア紛争の直後に、ロシア側がWTO加盟希望を取り下げるような発言をするなど、実はWTO加盟を望んでいないのではないかという声も聞かれてきた。

 しかし、ロシアにとって好都合な関税が設定できなくなるなどのデメリットはあるとはいえ、基本的にロシアはWTO加盟を希望してきたと考えられる。グルジア紛争後のWTOから距離を置く発言についても、当時、欧米との関係が悪化する中で、欧米諸国から加盟を否定されれば、ロシアの大国のプライドが傷つけられるので、それを避けるために、断腸の思いで自ら拒絶するに至ったと考えられるのである。

世界経済への影響力を高めたいロシア

 WTO加盟により、ロシアが世界経済におけるポジションを高めることができるのは確実だ。たとえば、米国はロシアのWTO加盟を大歓迎しており、オバマ大統領は、米露が今後、安全保障面だけでなく経済面でも協力できるとして「リセット」政策の前進のために重要な一歩だと位置づけるのと同時に、ロシアへの最恵国待遇付与を制限してきた米通商法の「ジャクソン・バニク修正条項」の撤廃に向け、議会と協働していくことを表明している(逆に、本条項が撤廃されないと、ロシアが受けられるWTO加盟の恩恵はかなり減る)。

 米国やEUなどをはじめとした世界の諸国との経済関係を強化することによって、ロシアの市場をより拡大し、競争力を高め、さらなる経済成長を進めていくことができそうだ。ロシアはWTO加盟とその関連協定による経済の効率性増大によって、今後10年間にGDPを11%拡大できるという試算すらある(世界銀行の経済コンサルタント、デービッド・タール氏)。

 また、ロシア経済のあり方を改革する上でも、大きな意味を持つはずだ。たとえば、農業、製薬のようなロシアにおいて最も非効率的だとされる部門については、厳しい国際競争にさらされるが、その試練に耐えることこそが、天然資源の輸出に頼る状況を脱し、より多くの輸出向けの工業製品やサービスを開発したいロシアにとっては、重要な関門となる。特に、高品質の輸入品を増やすことができれば、経済的に潤うだけでなく、企業の改善も図れるだろう。さらに、ロシアの勝手気ままな経済政策に振り回されることを嫌って、ロシアへの投資を回避する傾向もかなり見られたが、今後、ロシアがきちんとWTO規則に準拠していけば、投資への安心感も広がるはずだ。

 加えて、先月の拙稿(「旧ソ連復活?ユーラシア同盟構想に見るプーチン新外交」)で述べた、CIS域内の関税同盟、ひいてはユーラシア連合の実現に一歩近づいたといえる。ロシアがWTOに加盟すれば、既にWTO加盟しているキルギスやウクライナと関税同盟を組む上での障壁がぐっと小さくなるからである。本加盟はロシアにとっては、世界規模のみならず、地域規模での影響力強化を図るための好材料といえるだろう。


「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。


新着記事

»もっと見る