迷走する日本の「働き方改革」への処方箋

2019年4月17日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

弱者に優しくするには、コストがかかる

 まず、高齢者問題。顧客のなかにインターネットを使わない高齢者が多いことから、オンライン化に踏み切れないという仮説だ。オンライン化をやると、高齢者の顧客から苦情が殺到する。「年寄り切り捨て」「弱者いじめ」と批判される恐れもある。なるほど、一理ある。インターネットを使わない高齢者にオンラインを押し付けるのが過酷だ。そのために払込用紙と来店支払いを維持する。

 払込用紙の場合、紙代や印刷代のコストがかかる。顧客情報データの出力、封書の制作や郵送料、どれもコストがかかる。さらに、顧客が払込用紙をもって銀行の窓口に出向くのも時間コストがかかる。銀行の店頭では入金と払込用紙の金額が一致しているかを複数の銀行員がチェックする作業にもコストがかかる。コンビニエンスストアでも取り扱ってくれるが、それも最低1人の店員の人件費がかかる。店頭でバーコードを読取したデータを金融機関などの決済センターで処理するのもコストがかかる。決済センターから保険会社の口座へ入金すると、最後の照合作業ももちろんコストがかかる。

 このコストの総和とインターネット決裁のコストを比べれば、どれだけの無駄が出ているかすぐ分かる。これは一企業にとどまらない、日本社会全体の生産性を低下させる原因になっているはずである。

 一昨年、夏休みを利用して視察と休暇を兼ねて、北欧へ出かけた。

 デンマークの首都コペンハーゲンに到着し、エアポート駅で電車の切符を買おうとしたら、有人窓口がなくすべて自動販売機になっていることに気付く。問題はそこからだ。よく見ると自販機は現金を受け付けない。すべてクレジットカード用になっていた。切符販売の省力化だけでなく、現金売上処理にかかるコストの削減も取り組まれていたのである。

 クレジットカードを挿入してみると、自販機は「PINコードを入力してください」という表示が出る。「PINコード」って何?よく分からないので、変に操作してカードが飲み込まれたら厄介だ。まず確認しよう。駅員に聞こうと周りを探しても駅員が見つからない。コペンハーゲン空港の駅は、有人切符売り場もなければ改札口もない。列車のホームにたった1人の駅員が発着の管理と安全チェックのために配置されているだけ。

 立ち往生しながらも、最終的に分かったことは、取引PINコードが設定されていないカードは、「123456」でも「000000」でも何でもいいから6桁の数字さえ入力すれば、ちゃんと決済されることだった。

 こんな不親切な駅を見たことがない。クレジットカードをもっていない客はどうすればいいのか。電車に乗るな。タクシーでも使ってくださいということになる。安い電車に乗りたければ学習することだ。それこそが成熟社会のモデルではないか。

 基準を「先進」に設定するか、「後進」に設定するか。社会の進化という意味で、大方の国は「先進」に基準を設定している。北欧のデンマークも中国もIT化がどんどん進んでいる。できない人は容赦なく置いていかれる。弱者に優しくないと言われたらそこまでだが、弱者に優しくするには、コストがかかることを忘れてはいけない。そのコストは全社会が負担し、生産性の低下を招き、社会の進化を妨害し、最終的社会全体の弱体化につながる。

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