食の安全 常識・非常識

2019年5月9日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

優良誤認の疑いあり?

 景品表示法では、実際のものよりも著しく優良であると示している商品は「優良誤認」にあたるとして、違反と見なされる可能性があります。パンのこの状況は、優良誤認にはあたらないのか? そんな指摘も出てきました。

 そうしたこともあり、日本パン公正取引協議会と日本パン工業会は調査や協議を行っています。そこで、山崎製パンは業界1位の企業として、自社の姿勢を明確にした、というわけです。

 ただし、取材にあたって、同社に強く念押しされました。同社は、イーストフードと乳化剤を使わない手法自体を問題にするつもりはありません。それは企業努力の範疇であり、合法的であり、食品表示のルールにも則っています。実際に、同社もプライベートブランド(PB)などで、求めに応じてこれらを使わない製品も作っています。

 「でも、企業として、より安全、健康的という消費者の誤認を招く強調表示は、控えるべきでは?」。そう、同社は問いかけるのです。

 強調表示がなくても、消費者は原材料名を見て、イーストフードや乳化剤が使われているかどうかを判断でき、選択の権利が奪われるわけではありません。

 
原材料名の表示を見れば、イーストフードと乳化剤の使用の有無は判断できる。上は、使っていない製品のラベル。下が山崎製パンの製品の表示で、使用が明記されている

 私は今回の取材にあたり、現在強調表示している大手2社に、その製品数や山崎製パンの今回の動きをどう思うか、など9項目にわたって質問状を送りました。敷島製パン広報室は「お問い合わせ内容の件に関しては、日本パン工業会で検討されている問題であり、現時点で、工業会の会員である弊社から個別に回答をいたしかねます」という回答。フジパンからは、生産本部部長名で「お尋ねの件については回答を控えさせていただきます」という返事が来ました。

なぜ、パンメーカーは添加物が必要なのか?

 ここまで読んで、「家でパンを焼くときには、こんな添加物を使わなくても上手に作れる。やっぱり、大手パンメーカーの製品はどれもイヤ」と思った人もいるかも。「本当に添加物が必要ですか?」。山崎製パン中央研究所に、率直に疑問をぶつけてみました。

 同研究所によれば、第1の理由は、老化防止効果。手作りやリテールベーカリーは、焼いたその日に売り、なるべく早く食べてもらうのが基本。翌日は硬くなる、というのも消費者の常識です。この硬くパサつく現象を、パンの老化と呼びます。一方、大手パンメーカーの製品できちんと包装されたものは、工場から店に運ばれ売られ、数日間はふっくらしっとり、やわらかく食べられることを、消費者も期待します。

 老化を遅らせ日持ちを向上させるため、パン工場は小麦粉選び、発酵のさせ方、焼き方から添加物の用い方など、技術を駆使してパンを焼きます。また、カビの胞子や細菌が包装前のパンに付かないように施設を整え、高度な衛生管理を行っています。「パンがカビないのは、保存料やイーストフード、乳化剤を用いているから」などと言う人が時々いますが、まったくの事実誤認です。

 第2の理由は、機械生産によって生地が受けるダメージを和らげる効果です。家で手作りしたり、リテールベーカリーが作るときには、手でやさしく作業します。それに対して、パンメーカーは製造を機械で行います。最近の機械はずいぶんと進んでいますが、そうであってもやはり、手ほどやさしく、やわらかく、というわけにはいかず、生地が衝撃を受けます。そのため、イーストフードや乳化剤を用いて発酵を助け、生地をやわらかく、かつ強度を上げて、焼き上げるのです。

消費者も、科学的な判断力が求められている

 私は、かなりのパン好きです。おいしいリテールベーカリーとも、さまざま付き合いがあります。たしかに、手でていねいに作ったパンはおいしい。でも、パンメーカーが、イーストフードや乳化剤も駆使して機械生産し包装し販売されるパンにも、大きな価値があります。

 大量生産され日持ちするからこそ、全国どんな田舎であっても、等しくふわふわ、しっとり、おいしい。災害時に山崎製パンのパンがいち早く被災地に届けられる光景も、今やおなじみ。社員は、「おいしいパンを妥当な価格で手軽に食べてもらうために、日々努力を惜しみません」と口を揃えます。

 同社だけでなく多くのパンメーカーのおかげで、消費者は安く、1斤百数十円しかしないような食パンを食べられます。海外の包装パンをご存知の人なら、老化が遅い日本の包装パンの特徴、その技術力の高さがおわかりでしょう。

 今、パン業界は、強調表示をどうするか、真剣に協議中です。消費者も、添加物の科学的な意味を知り、表面的な言葉に踊らされず判断できる力が求められている、と思えてなりません。
 

<参考文献>
山崎製パンウェブサイト・「イーストフード・乳化剤不使用」等の強調表示について
https://www.yamazakipan.co.jp/oshirase/0326.html

パン食普及協議会・パンのはなし
https://www.panstory.jp/index.html

厚労省・食品添加物
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuten/index.html

消費者庁・食品表示https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/food_labeling_act/#laws


  
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