Washington Files

2019年9月9日

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斎藤 彰 (さいとう・あきら)

ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長

1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

SLBMに対処する手立ては今のところ極めて限定的

 SLBMはICBMとは異なり、その脅威に対処する手立ては今のところ極めて限定的であり、前世期以来の“核の傘”(nuclear umbrella)に象徴される伝統的核抑止戦略や「ミサイル防衛体制」は以下の理由から、ほとんど機能しないといっていい。

 まず、核抑止戦略だが、その基本になるのは、敵国が核ミサイルまたは核爆弾で攻撃を仕掛けようとした場合、こちらがそれと同等またはそれ以上の破壊力を持つ核戦力を維持し報復の体制を取ることで、先制攻撃を抑止するという考えだ。

 アメリカが日本に提供する“核の傘”も、同じ考えに立っており、敵国が日本を攻撃しようとした場合、米軍の確固たる核報復体制で未然に抑止するというものだ。

 しかし、この考えは基本的に、敵国のICBM、INF(中距離核ミサイル)などによる先制攻撃の抑止を前提にしている。すなわち、相手国が核ミサイル発射態勢に入った場合、米軍監視衛星がその動きを察知、事前警告するとともに、ミサイルが実際に打ち上げられた「ブースト段階」から中間軌道「ミッドコース段階」に移るのを確認した時点で核報復体制に入る。かりに中国が米本土に向けてICBMを発射した場合、標的までの到達時間は約30分と推定されているため、米軍側が報復する時間的余裕は残されている。

 ところがSLBMの場合、海中を潜行し攻撃目標に近い海域にまで接近した上で発射されるとなると、発射確認から着弾までの時間はわずか5分程度しか余裕はない。

 まさに奇襲攻撃であり、報復体制確保による事前抑止が機能しなくなる恐れがある。

 第二に、米軍は中国や北朝鮮の地上配備のINFについては、発射後のミサイルを途中で迎撃するいわゆる「ミサイル防衛」システム(BMD)体制をとっている。

 わが国海上自衛隊がすでに配備しているイージス艦や、陸上自衛隊が近く導入予定している「イージス・アショア」からなるBMD体制も、米軍同様、発射確認後、追尾し本土に飛来する直前に海上で撃墜するというコンセプトに立っている。

 そしてこのBMDが実際に機能するには、予め相手国の短距離ないし中距離ミサイルの配備地点に関する情報をコンピューターにインプットし、発射されるミサイルの弾道計算をある程度プログラム化しておくことが大前提だ。

 実際に米軍はこれまで、繰り返し迎撃実験を実施しており、ハワイ沖の太平洋ミサイル発射場から発射された模擬ミサイルをカリフォルニア州内のBMDシステムが追尾、破壊に成功した(失敗例も少なくない)ケースが報告されている。成功、失敗を問わずいずれの場合も、迎撃態勢に入る前に追尾対象となるミサイル発射地点と発射時間は事前にインプットされたものだ。

 筆者は以前にペンタゴンのBMD担当者に、これらの実験の評価を正したことがあったが、迎撃に失敗したケースも含め、これまでの実験ではあらかじめ、迎撃目標の発射地点と時間がインプットされていることを認めた。

 ところが、SLBMの場合は、搭載潜水艦が広大な太平洋のどこに遊弋しているかはまったく未知の世界であり、地上配備のICBMやINFへの対処とは異なり、実際に発射されたとしても「ブースト段階」「ミッドコース段階」の情報を決定的に欠くことになる。

 海中から飛び出した弾道ミサイルの飛来が直前に察知できたとしても、着弾までに数分程度の時間しかなく、発見したとしても時すでに遅しだ。

 これはすなわち、現在の米軍の最新のBMD技術をもってしても、SLBMの脅威を克服することは不可能に近いことを意味する。

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