食の安全 常識・非常識

2019年9月27日

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松永和紀 (まつなが・わき)

科学ジャーナリスト

1963年生まれ。89年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち、フリーの科学ジャーナリストに。主な著書は『踊る「食の安全」 農薬から見える日本の食卓』(家の光協会)、『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』(日本評論社)、『効かない健康食品 危ない天然・自然』(光文社新書)など。『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(同)で科学ジャーナリスト賞受賞。「第三者委員会報告書格付け委員会」にも加わり、企業の第三者報告書にも目を光らせている。

と畜場に注意しなければいけない

大井 野外のウイルス濃度が高いと、豚舎への侵入防止にも限界があります。もう一つ、注意が必要なのは、と畜場です。と畜場にはいろいろな農家から車で多数の豚が集められます。まだ豚コレラと気付かれていない感染豚が、と畜場に入ってきているかもしれません。

松永 養豚農家は豚が育ったら出荷しなければならず、生きた豚を積んだ車を、と畜場へ定期的に乗り入れます。そこでウイルスがまき散らされ、他の車にも付き、ウイルスを各農場へ持ち帰る、というわけですね。

大井 豚コレラに限らずほかの病気発生に見舞われ、後から考えて「あの時、と畜場で病気をもらってきたな」となることが少なくありません。私は、顧客には「と畜場は、汚染農場と同じ。一番危険な場所」と伝え、豚を出荷した後は車を必ず丹念に消毒するなど対策を講じてもらっています。

松永 埼玉県の豚コレラは、山梨県のと畜場で判明しました。山梨県では豚コレラは発生していませんが、もしかすると、そのと畜場に出荷していた山梨県の養豚農家に、すでにウイルスが持ち帰られてしまった可能性もある、ということですね。

大井 農水省は、ワクチン接種を各県の判断でできるようにしよう、としています。しかし、人や車は日常的に県境を超えますし、隣県に出荷するのも普通です。県単位、県任せでワクチン接種を判断させるのは無理があります。防疫は点(県単位)ではなく、面(地域)で考えるべきで、そこには国の強いリーダーシップが必要です。

ウイルスに県境は関係ない

松永 県境なんて、ウイルスにはなんの意味もありませんからね。

大井 今、農水省は150万頭分のワクチンを持っています。発生県の東海、北陸、埼玉だけでなく、群馬県や茨城県、千葉県など関東、北陸も新潟まで順次、なるべく早く、ワクチンを接種すべきです。現在のように「手続きが」と言っていたら、さらに流行が拡がってしまう。

大井さんが、一分一秒でも早くワクチン接種が必要だと考えるエリアは、これだけの広範囲に及ぶ

松永 ずいぶんと広いですね。豚コレラ発生県は、ワクチンを早く接種して欲しい、と知事らが率先して要望しています。農水省は、発生していない県に対しても意向を尋ねていますが、どうも反応はまちまちのようですよ。それに、自民党の農林幹部が慎重姿勢を示した、と日本農業新聞が24日、報じました。農水省が本州全体での接種も想定した案を示したが、議員から「詰め切れていない。かえって混乱を大きくする」と指摘された、といいます。

大井 養豚農家は、ワクチン接種を切望しています。私の顧客はどの人も「早く」と言っています。九州の顧客養豚農家ですら、「ワクチンを打ちたい」と口にするほどです。養豚農家は、出荷が県をまたいで行われることなどもわかっていますから、「発生県とその隣接県だけワクチン接種、なんて止めてほしい。ワクチン接種をするのなら、地域全部で接種しないと意味がない」と口を揃えます。

パブリックコメントにより、クライシス対応が遅れてしまう

松永 議員たちが躊躇するのは、風評被害が怖いからでしょうか。ワクチンを接種して消費者に敬遠される風評被害が起きたら、と考えると、余計なことはしたくない。

大井 でも、病気が発生してからでは遅いんですよ。これから使おうとするワクチンは、国産でとても安全で効果があり、実際に以前の流行時には速やかに効果を表し、その後の清浄化にも大きく貢献しました。

 農水大臣は、「パブリックコメント、それから、都道府県の知事さん達に対する意見の聴取、これはどんなに急ぎたい気持ちがあっても、省いてはいけない手続だと考えております」と説明しています。平時はこれが当然です。でも、緊急時には、そこで立ち止まってしまうことが後に大きく響いてくる。

松永 通常、パブリックコメントにかけられた案が、その後、大きく変わることなどないんです。私はこれまで、食の安全や農業にかかわる多くのパブリックコメントを見てきましたが、意見を取り入れるのは枝葉末節。本質的な部分が、パブリックコメントによって変わった事例など、見たことがありません。たしかに、リスクアナリシスにおいては国民の意見を聞くことが大事な要素ですが、現在は一分一秒でも早くウイルスの拡大を防がなければいけないクライシスではないか。

 私には、後で責められないために、農水省がパブリックコメントという手続きを取ろうとしているように見えます。でも、それによって1カ月から2カ月はワクチン接種が遅れてしまう。

大井 大臣は、防疫指針を変えないと予防的なワクチン接種をできない、と説明しましたが、防疫指針は、緊急時のワクチン使用を認めています。適用条件として、『発生農場におけると殺及び周辺農場の移動制限のみによっては、感染拡大の阻止が困難と考えられる場合には、まん延防止のための緊急ワクチン接種の実施を検討する』と書いています。それに、『予防的なワクチンの接種は行わない』としているのは平常時。現状は、平常時ではなく、異常時、緊急時ではありませんか? 要するに、防疫指針や法律の改正をしなくても、今の防疫指針で対応できると思います。実際に、口蹄疫発生の時にはワクチン接種決定の数日後には接種開始しています。なぜ、豚コレラで同じ判断をできないのでしょうか?

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