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2019年10月25日

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中西輝政 (なかにし・てるまさ)

京都大学名誉教授

1947年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。ケンブリッジ大学大学院修了。京都大学助手、三重大学助教授、スタンフォード大学客員研究員、静岡県立大学教授を経て、京都大学大学院・人間環境学研究科教授。2012年4月より京都大学名誉教授に。専攻は国際政治学、国際関係史、文明史。近著に『日本の悲劇 怨念の政治家小沢一郎論』(PHP)がある。

ロシアが仕掛ける「ハイブリッド戦争」

 さらに08年はプーチンが国際秩序に対して正面から挑戦をしてきた年である。まさに北京五輪の開会式のその日に、国際法を無視して軍事力を発動し、グルジア(現・ジョージア)戦争を引き起こした。国際社会はロシアを厳しく非難をしたが、原状回復には至らず、この出来事が14年のクリミア併合へとつながっていった。

 また、ロシアはグルジア戦争に際して、軍事力の行使に情報戦も組み合わせる「ハイブリッド戦争」を仕掛けている。これは後の英国のEU離脱を決める国民投票や、16年の米国大統領選挙でも用いられた手法で、敵対する勢力の情報空間を操作し、人々の認識を歪めることで政治・軍事目的を達することとされている。

 実際、08年に起こったこれら三つの出来事が、10年代の世界情勢に大きな影響を及ぼしている。12年には尖閣諸島の国有化により日中関係は戦後かつてない緊張状態に陥り、同年に発足した習近平政権による南シナ海などでの米国に対する挑戦は年々エスカレートしていった。

 欧州では金融危機、ギリシャ危機に直面して、EU統合にブレーキがかかった。さらに15年にシリア難民が押し寄せると極右ポピュリズムが広まり、EU統合の理想像がかき消されていく流れになってゆく。そして英国のEU離脱の行方が、今まさに欧州の未来を、ひいては21世紀の世界情勢を大きく左右しようとしている。

 こうして冷戦後の30年の国際秩序の歴史を振り返ると、今のところ、さきの五つの世界像のうち、五番目のキッシンジャー的なモデル、すなわち大国が群雄割拠する多極世界、それも協調ではなく対立が基調の「競争型・多極世界」に近づいているといえる。

 日本の安全保障にとって、中長期的にみて現状変更勢力である中国やロシアが堂々と振る舞うことは、決して望ましい状況ではない。

 米国は依然として超大国であり、今後も早期に凋落(ちょうらく)することはあり得ない。日本は日米同盟をさらに緊密化し、米国の力を利用して、日本の安全保障を担保していくことが当面、最も重要な戦略である。そして情報能力を含む外交力、防衛力の両面において早急に日本の自力をつけることも急がねばならない。これらは日本にとっての至上命題である。

 日本が自力をつけるために具体的にやるべきことは、第一に周辺環境に応じた自立した国家となるため、憲法をはじめ法令や制度、とくに情報組織を整備することである。この30年、日本のそうした面での自力の整備は、世界の潮流からも東アジアの安全保障環境の変化からも、2周も3周も遅れてきたが、このような事態を繰り返してはならない。

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