弁護士や医師までデモ支援に回っている
もう1つ看過できないことがある。違法者は決して「勇武派」にとどまらない。林鄭月娥行政長官が「緊急状況規則条例」を発動し、立法会(議会)の承認を得ずに「覆面禁止法」を制定した。しかし、その直後に拘束される危険性を承知で数万人がマスク姿でしかも無許可のデモに参加した。この状況は今日に至っている。法に基づけば、延べ数十万人規模の市民は違法者に当たる。法治社会なら、容疑者として拘束され、法の制裁を受けるべきであろう。
決して法理的原則とはいえないが、「The law cannot be enforced when everyone is an offender」という立法上の原則がある。「大多数の人が取っているある行動にたとえ違法性があっても、実際に法的に咎めることができない」ということである(「赤信号みんなで渡れば怖くない」とは少々ニュアンスが違う)。中国の場合、「法不責衆」(法は衆を責めず)という名の立法原理として、いや、多くの場合は法学よりもエリート向けの帝王学や君主論として、しばしばロースクールでも教えられている。
民意に反する悪法を作ってはいけないという意味である。西洋においては「悪法もまた法なり」という法格言がこれに対置されるが、民主主義制度下の法律はきちんと立法手続を経て作られているわけだから、たとえ悪法であっても守られるべきである。しかし中国の場合、歴史的に三権分立の原則がなく、君主や為政者の一方的な立法が主流であるために、「法不責衆」という民意検証・民意忖度的な立法原則が必要になる。
香港はまさに、「法不責衆」の状態に置かれている。故に、民主主義法治国家の単純な遵法基準でこれらの暴力行動を捉えるよりも、もうすこし複眼的な視点が必要かもしれない。香港街頭のある落書きで心が痛む――「お父さん、お母さん、僕は暴徒ではない」。若者たちがこうして年長者層に自分の立場や心情を切実に訴えているのである。大多数の「和理非派」が少数の「勇武派」に同情的であり、あるいは支持している理由もここに見出される。
弁護士や医師、会計士、アーティストなどいわゆる社会的地位を有している人たちも相次いで香港デモの支援に加わっている。
9月30日付の英字紙フィナンシャルタイムズ(オンライン)の報道によると、約200人の香港人弁護士がデモ逮捕者に無償の法律支援を提供している。さらにロースクールの学生も相次いでこれらのボランティア活動に参加している。ある法廷弁護士(バリスター)は「自分は立場上、彼たちと一緒に最前線に立つことはできないが、その代りに無償の法律支援を提供したり、あるいは市民運動に金銭的な寄付をしている」と語った。
「不正なシステム、制度的組織的暴力に対する自衛だ」。――この弁護士は市民運動の性質についてこう指摘している。つまり非民主的に生まれた悪法と警察の過剰暴力に対抗する市民の「集団的自衛権」の行使である。
「政治的に冷淡だった」と自認するある銀行家は、金融機関・業界の人脈を動員してフェイスブック上で8万5000人ものフォロワーを集め運動への支援を呼びかけ、個人的にも民主化運動に50万香港ドル(約700万円)以上の寄付をしていたという。
クラウドファンディングは6月からすでに1500万米ドル(約16億円)の寄付を集めた。ほかのメジャー基金を入れると、市民運動への資金提供は恐らく数十億ないし数百億円規模に上る。これらの資金は犯罪やテロへの支援資金だとした場合、資金提供者も全員、幇助犯になりかねない。
会計士も動き出している。巨額の寄付金が正当に使われているか、監査業務に当たっているのは会計士たちである。大規模な資金集めや金融支援サービスの提供、国際金融センターである香港ならではの現象ではないかと思われる。
メディカル業界の支援も大きい。医師や看護師、医療スタッフと志願者たちはデモがあるたびに、警察の襲撃や暴力で負傷した者の救援に当たっている。病院に入院するとデモ参加者の個人情報が政府に流れる恐れがあるため、これらのメディカル・チームはホットラインを設置し、特別なケアを提供しているという。
イラストレーター、グラフィックデザイナー、アニメーター、ミュージシャン、彫刻家、アーティスト、ビデオグラファーなどのクリエイターたちから、コンピュータープログラマーや防護用品製作業者のような専門家集団まで、それぞれの分野でできることに取り組んでいる。彼たちも幇助犯になるのだろうか。
これが香港デモの真実である。
2回目
『香港デモは暴徒の集まりなのか?現場取材で分かったこと』
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