2024年4月25日(木)

WEDGE REPORT

2019年11月19日

独自の論理を読み解く3つの視点

 興味深いのは、旧ソ連の「外」においては、ロシアの態度が大きく異なる点だ。昨今では「現状変更勢力」扱いされることが多いロシアだが、旧ソ連圏外の紛争ではむしろ戦後の国連中心秩序を守ろうとする振る舞いが目立つ。特に米国が国連安保理の承認を得ずに軍事力行使を行うことについて、むしろ米国こそが秩序を破壊している、とロシアは繰り返し強く非難してきた。例えば、1999年にNATOが行ったユーゴスラヴィア空爆はその代表例である。

 冷戦後に唱えられるようになった「保護する責任(R2P)」論、つまり、ある国家が自国民を十分に保護できていない場合には国際社会が介入すべきであるという議論についても、内政干渉であって認められないというのがロシアの立場であった。

 ところが、旧ソ連「内」ではロシアの振る舞いは180度逆転する。これまで見てきたように、NATO加盟のような一国の安全保障政策に公然と介入し、場合には軍隊まで送り込んできた。この二重基準は、ロシアの論理においてどのように正当化されているのだろうか。

 第一に強調されるのは、エスニックな紐帯(ちゅうたい)である。2014年のウクライナ危機前後、ロシアでは「ルースキー・ミール(ロシア人世界)」という言葉が頻繁に叫ばれた。ソ連崩壊によって新たに出現した国境線の外にも、ロシア語を話し、正教を信じる人々が存在する。特にウクライナ人やベラルーシ人は人種・言語・文化など多くの点でロシア人と似通っており、「ほとんど我々」と呼ばれる。こうした人々が、ソ連崩壊という政治的な出来事によって「他者」になってしまったということが、ロシアの民族主義からはどうしても受け入れがたい。むしろ、ロシア人の分布こそが政治的まとまりの単位となるべきではないか、という考え方が「ルースキー・ミール」である。

 第二に、「歴史的空間」という論理が持ち出される。つまり、旧ソ連諸国はロシア帝国時代からロシアの支配下にあったのであって、たとえソ連が崩壊したとしてもそこには何らかの影響が及ぼされなければならない、ということだ。この意味では、旧ソ連諸国は形式上、独立国でありながら、ロシア的世界観では半ば「国内」扱いされていると言えよう。

 ロシアの論理を理解する上でのもう一つの重要な要素として、「力」を指摘しておきたい。より具体的に言えば、軍事力である。かつてのソ連が有していた共産主義の総本山という強力なソフトパワーは失われ、経済力についても韓国と同程度でしかないが、軍事力を背景とするパワーは依然強力である。

(出所)筆者資料を基にウェッジ作成 写真を拡大

 世界第二位の戦略核戦力を持ち、通常戦力を含めて100万人もの兵力を擁するロシアに対し、それ以外の旧ソ連諸国で10万人以上の軍隊を保有している国はウクライナだけ(約20万人)であり、核保有国はロシア以外に存在しない。この力をもってすれば、ロシアは依然として旧ソ連域内において支配的な存在として振る舞うことができる。「力こそパワー」なのだ。

 さらにロシア的世界観においては、力の有無は主権の有無とも密接に結びついて理解されてきた。たとえば17年、「ドイツは主権国家ではない」とプーチン大統領が述べたことはその一例であろう。ドイツは安全保障をNATOに依存しており、それゆえに同盟の盟主である米国によって主権を制限されているのだというのがプーチン大統領の説明である。同様の発言は近年、日本に対しても頻繁に向けられるようになった。「返還後の北方領土に米国が基地を置きたいと言い出したら日本は拒否できないだろう」という論理である。ラヴロフ外相などプーチン政権の高官も同様の発言を繰り返している。

 他方、プーチン大統領は「世の中に本当の主権国家はそう多くない」と前置きした上で、インドと中国を「本当の主権国家」に数えた。ロシア的な世界観においては、経済力やソフトパワーはあまり重視されず、同盟に頼ることなく自らの力で安全保障を全うできる国だけが本当の意味で主権を持っている、と見なされるのである。この意味では、核兵器を保有して自らの対米抑止力を手に入れた北朝鮮は、ロシア的用語法でいうところの「本当の主権国家」になりつつあるのかもしれない。


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