米国でエネルギー産業に携わる人間であればボブ・マリー(Robert E. Murray ※ロバートは通常「ボブ」と呼ばれ、私もボブと呼んでいた)を知らないことはないだろう。16歳で炭鉱労働者として働き始め7000名の従業員を抱える米国第4位の生産量を誇る石炭会社の経営者になった、アメリカンドリームを体現した人物だ。年金基金への拠出など炭鉱労働者支援に力を入れていることでも知られている。
彼の会社マリー・エナジーが米国有数の石炭会社になったのは、買収に次ぐ買収を重ねてきたからだ。私も米国での投資事業について議論するため数度会ったことがある。彼は積極的な投資を行う人物として著名であり新規開発案件への投資検討のため面談したが、事業は実現にはいたらなかった。
最近、彼はトランプ大統領の有力支持者の一人としてマスメディアに登場することも多かった。ニューヨークタイムズ紙によると、トランプ大統領が打ち出した石炭産業支援策は、ボブ・マリーの要求が基になっているとのことだ。
しかし、大統領の支援策にもかかわらず、シェール革命により生産量が増え価格が下落した天然ガスとの競争に敗れ、さらに政策支援を受けた再生可能エネルギーの導入増もあり、石炭の生産量は減少を続け、マリー・エナジーも日本の会社更生法に相当するチャプター・イレブン申請に追い込まれた。トランプ大統領の石炭産業支援策で以てしても市場の力を変えることはできなかった。
ボブ・マリーが下書きしたトランプ大統領の石炭支援政策
トランプ大統領は、2016年の大統領選挙中から気候変動は起こっていないとの立場に立ち石炭産業支援を明確にすることで、気候変動対策を政策の中心に添え、石炭削減を打ち出していた民主党ヒラリー・クリントン候補に対抗した。
当選後トランプ大統領は石炭産業復活のため矢継ぎ早に政策を打ち出したが、その政策はボブ・マリーが作成し、2017年1月のトランプ大統領就任後にペンス副大統領とペリー・エネルギー長官に提出した「願い事リスト」に基づいていた。ボブ・マリーの2枚のメモを入手したニューヨークタイムズ紙が、「いかにして石炭男爵の願い事リストはトランプ大統領のやるべきことリストになったのか」のタイトルの記事として2018年1月暴露した。
同紙によると、ボブ・マリーはトランプ大統領就任式に30万ドルの寄付を行うほど、トランプ政権と尋常ではない親しい関係にあった。オバマ政権が定めた気候変動に関する規制を撤回する大統領令署名時に、トランプ大統領がボブ・マリーとマリー・エナジーの炭鉱労働者10名をホワイトハウスで行われた署名式に招待するほどの間柄だった。
トランプ大統領は、願い事リストにあった環境規制緩和、環境保護庁人員削減などを実行し、オバマ政権により凍結されていた連邦政府保有地の鉱区も解放した。気候変動対策を各国が進める国際合意パリ協定からの離脱も表明した。さらにペリー長官は、石炭火力は送電網の安定化と強靭化に寄与するとして補助を行うことを提案したが、この提案は連邦政府エネルギー規制委員会により拒否され日の目をみなかった。トランプ政権の石炭支援策にかかわらず石炭火力の閉鎖と石炭生産量の落ち込みが続き、石炭労働者からもトランプ政権に対する失望の声が出始めた。