12月2日、ロシアのプーチン大統領は、ロシア製アプリを事前にインストールしていないデバイスのロシア国内での販売を禁ずる法律に署名した。7月施行の同法は「アップルに対する法律」とも呼ばれている。アップル社は、自社製デバイスに使われるアプリを厳格に管理することで知られており、同法は、こうしたアップルに極めて大きな影響を及ぼす。
どんなロシア製アプリの搭載を義務付けようとしているのか、明確ではなく、ロシアが目指していることはよくわからない。ロシア政府は、ロシアのインターネット企業の保護、高齢者の便宜が目的と説明しているが、どうも納得しがたい説明である。ロシアのスマホ業者を育成したいのなら、ロシア製アプリの事前搭載を義務付ける以外に他の方策がありうると思われるし、高齢者に使い勝手を良くするためにロシア製アプリの事前搭載を義務付けるというのもよくわからない。
中国におけるスマホには「習近平思想を学習する」アプリが搭載されていて、それを開くと、そのスマホの持ち主が誰と連絡しあったか、どういう情報にアクセスしたかなどのデータが追跡できることになる、という話がある。現在のロシアの政権には昔のKGB関係者が多く、社会を監視・管理したいと考える傾向がある。中国も国民を信用せず、国民監視を顔認証などの新技術を使い、強化している。
ロシアのデジタル権活動家は、このアプリはスマホ使用者の居場所、使われたツール、サービス等の情報をひそかに収集する可能性があると憂慮しているというが、おそらく、的を射た憂慮であろう。
この件では、アップル社が、ロシアにおける国民監視の道具として自社製デバイスが用いられるのをどう考えるか、問われている。アップルが一定の西側での批判を覚悟して、ロシアの政権の監視の手助けをするか、商業上の不利益を甘受して、ロシアの要請を断るか、経営上の問題としても難しい判断になろう。
エコノミスト誌の12月18日付け記事‘Russia presses Apple to install Kremlin-approved apps’によれば、昨年11月後半以降、アップルの地図アプリと気象アプリは、ロシア国内で使われた場合、クリミア半島をロシア領土と表示、ロシア国外で使われた場合も、気象アプリはクリミアの諸都市がどの国の所属か表示せず、地図アプリはクリミア半島とウクライナ他地域とを分ける謎の点線を表示するようになっている、と報じている。「アップルに対する法律」とは直接関係ないが、アップル社によるロシア政府への譲歩である。ただ、直接関係ない譲歩であっても、そういう姿勢を見せれば、今回の法律に対しても抵抗が難しくなる可能性がある。そして、ロシアに譲れば、中国でも譲らされることに結局はなるだろう。ロシアだけの問題ではない。
従って、こういう問題については、国家レベルでの国際的ルールを考えていくべきであり、もっぱら民間企業にこういう問題への対応をさせるというのは無理があるように思われる。こういう問題への対処における国家の役割は、今後検討されるべきであろう。
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