2024年12月12日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年2月11日

 1月21日、トランプ米大統領と欧州委員会のフォンデアライエン委員長は、スイスのダボス会議に際して、初の首脳会談を行った。共同記者会見では、両者は個人的な接触、結びつきができたことの意義を強調した。トランプ氏はフォンデアライエン氏について、「高い尊敬を勝ち得ている女性」「タフな交渉者」などと持ち上げた。米EU間の最大の争点である貿易交渉について、トランプ氏は「EUとの取引は誰もが実現したいものだ」と述べた。フォンデアライエン氏は「米欧間の壊すことのできない社会的・経済的な絆」を強調しつつ「我々は、技術、エネルギー等に加え貿易の分野でも前向きな米EU間のアジェンダに取り組み得ると確信している」と言っている。

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 しかし、首脳会談の直後、トランプは、EUが交渉に応じなければ輸入車に高い関税をかける可能性を示唆し、EUに譲歩を求める考えを強調した。ムニューシン財務長官は、米国のデジタル企業に課税する欧州の企業を罰するのに自動車関税を用いると更に脅しを重ねた。これまでも米欧間ではエアバスへの補助金をめぐる紛争などがあったが、今度の摩擦は貿易全般に及ぶものである。にもかかわらず、欧州側では、米欧間の貿易摩擦の問題について楽観的な空気が強いようである。

 トランプ政権は、以前からEUとの貿易交渉を要求してきたが、これは米国がEUに対し大幅な貿易赤字を抱えていて、トランプ政権がこの赤字を縮小したいと考えての上である。米商務省によれば、2018年の米国のEUに対する貿易赤字は1,703億ドルであった。これは対中赤字の3,877億ドルに比べれば少ないが、トランプにしてみれば放置できないということのようである。なお、対日赤字は689億ドルであった。

 米国は中国との関係では貿易赤字の他に、中国の国有企業支援、産業補助金、知的財産の窃取、技術移転の強制など、国際的に見ても問題のいくつかの政策の是正を求めているが、米EU間では米国が以前から取り上げてきたエアバスへの補助金、閉鎖的な農業市場、EUによるデジタル課税といった特定の問題はあるが、トランプ政権の最大の関心は貿易赤字の是正である。しかも、自動車関税付与の脅しをかけ、是正を迫っている。

 トランプ政権もさすがに貿易赤字の是正自体を交渉の目的にできないため、安全保障上の理由を根拠にEUに是正を迫っているが、これは単なる言い訳としか思われず、米国内でも、経済学者、民主、共和両党の多くの批判を招いている。

 EUは中国と異なり基本的価値観を共有する米国の同盟者である。しかしトランプにとって米国の同盟者ということはあまり重視していないようである。日本や韓国に米軍の駐留費の大幅な増額を要求するのも、米国にとっての金銭的負担の軽減を重視していることを示していると思われる。

 トランプがこの期に及んでEUに貿易交渉を迫っているのは、秋の大統領選挙を念頭に置いてのことだろう。トランプは有権者に対し、EUから貿易で譲歩を勝ち取り、米国経済に貢献したと言いたいに違いない。しかし、トランプがEUに妥協を迫る武器である自動車関税は、米国の自動車労働者、メーカーと消費者に多大の負担を強いるものであり、生産と雇用、消費にマイナスの影響を及ぼし、米国経済の足を引っ張ることになる。好調な経済が大統領選挙においてトランプの最大の追い風であり、その経済に影を落とすような政策はトランプとして取れないはずである。

 したがって、EUが米国との通商合意に楽観的であるのは根拠のないことではない。欧州委員会のフィル・ホーガン貿易担当委員は、首脳会談に先立ち、ワシントンを訪問、農業規制について懐柔的なトーンを打ち出している。1月22日、フォンデアライエン委員長は、工業製品関税とエネルギー貿易に焦点を絞った限定的な通商合意の枠組みが数週間で可能であると示唆した。これらは、交渉の準備ができているとのブリュッセルからのシグナルであるとの見方もある。もちろん、トランプの性格を考えれば過度に楽観視すべきでなく、米欧の通商交渉は波乱含みであろうが、トランプにとっての最大の関心事は大統領選挙であり、選挙に不利になるようなことはしないと思われる。

  
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