「脱原発と脱石炭は不可能」
ドイツの苦しいエネルギー事情
ドイツは50年の温室効果ガス排出量をネット(純排出量)ゼロにする欧州目標に合意し、環境先進国として気候変動問題に意欲的に取り組んでいるように映る。しかし実態は、欧州連合(EU)内の気候変動対策を強化する議論の足を常に引っ張っている。
18年6月、EUでは30年の一次エネルギーに占める再生可能エネルギーの目標比率27%を引き上げる議論が行われた。フランス、イタリア、スペインなど西側諸国の多くが35%を提案する中、アルトマイヤー独経済エネルギー相は、「再エネ比率を現状の15%にするための国民負担は年250億ユーロ(3兆円)に達した。現実的、達成可能な目標を設定すべき」と強硬に主張し、目標値の引き上げを32%に収めさせた。
50年の温室効果ガスの純排出量をゼロにする長期目標設定にも西側諸国の中では唯一反対していた。ただ、19年5月のEU議会選挙、地方選挙での緑の党の躍進を目の当たりにし、6月のEU首脳会議では賛成に回った。世論を気にする政権の姿勢は11年に脱原発を決めた時と同じだ。
ドイツがEU内の抵抗勢力になっているのには理由がある。1つは、電力の安定供給だ。温室効果ガス削減には国内発電量の4割近くを占める石炭・褐炭火力発電所を閉鎖することが必要だが、既に22年の脱原発を決めているため閉鎖は電力供給に不安を生じさせる。14年当時のガブリエル副首相兼経済・エネルギー相が、「脱原発と脱石炭を同時に行うことはできない」と発言した通りなのだ。結局38年まで国内の褐炭を利用した発電所の利用を決めた。
欧州企業が集うパイプライン
背景に供給途絶のトラウマ
もう1つは電力価格だ。再エネ導入を政策支援で進めた結果、19年前半の家庭用電気料金は1kWh当たり30.9ユーロセント(約37円)。世界1位の高価格となり、日本の約1.5倍だ。相対的に価格競争力のある洋上風力主体に再エネ導入を進める政策に切り替えたが、一方で電気料金抑制のためには再エネ導入を一挙に進めることはできない。
徐々に閉鎖が進む褐炭火力の穴埋めを行いつつ、安定的に競争力のある電力を得るには当面天然ガス火力を活用するしかない。ドイツのエネルギー政策の生命線は天然ガスを安定的に競争力のある価格で入手することだが、過去には天然ガス供給が途絶する経験をしている。06年と09年、露ガスプロムはウクライナとの価格交渉が決裂したことから欧州向け輸送の主体となっていたウクライナのパイプラインへの供給を停止した。
紛争が多いウクライナ以外のルートの必要性を感じた欧州企業は、ガスプロムと共同で他国を経由することなくロシアからドイツに輸送可能な海底パイプライン「ノルド・ストリーム」を建設し、11年に操業を開始した。いま、ロシアから欧州向け供給の3分の1はノルド・ストリーム経由になった。そしてその輸送力増強を担うのが、ノルド・ストリーム2なのである。
原子力の比率が低下しているドイツの自給率(17年データ)は、再エネが増加しているとはいえ約35%だ。一次エネルギーのうち化石燃料が約80%を占め、その輸入比率は80%強。天然ガス、石油、石炭全ての化石燃料輸入で最大シェアを持つのはロシアだ。その比率は40%に近い。即ち、全エネルギー供給の約4分の1をウクライナ問題でEUと対立するロシア一国に依存している構造になっている。自給率を引き上げる再エネ導入には限度があり他に方法はない。
ドイツ政府はノルド・ストリーム2について、民間企業が進める商業案件であり政治は関係ないとしているが、ロシアから価格競争力のある天然ガスの直接輸入量が増えるのは歓迎との立場だ。ガスプロムは数十年間確実な収入が見込める上、陸上パイプラインの経由国に支払っている通過料の減額があり、何としても完工させたい。EU域内では天然ガス生産が減少し脱石炭も進んでいることから、天然ガス輸入量の増加が予想されている。ドイツだけでなく、自国の企業が参加するオランダ、オーストリア、フランスも支持する立場だ。