2024年11月3日(日)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年5月27日

 ドイツの連邦憲法裁判所による、欧州中央銀行の量的金融緩和策(QE)の一部を違法とする5月5日の判決は、EUによる新型コロナ対策への影響のみならず、EU全体の法秩序を揺るがすことになりかねない根本的な問題を投げかけている。

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 判決は、欧州中央銀行(ECB)が2015年に導入した量的緩和策の1つ、公的部門証券買い入れプログラム(PSPP)について、ECBはPSPPに適切に「均整性」テストを適用しておらず、ドイツはそれに異議を唱えるべきだった、としている。そして、3か月の期限を設けて、この政策が適切に均整性テストを適用していることを示すように要求している。判決は、もし、3か月以内にこれがなされなければ、ドイツ政府やドイツ連銀はQEへの参加を止めなければならない、と主張している。

 今回の訴えは、そもそも2015年に、約1750人のドイツの法律学者と経済学者の集団が提起したものである。彼らは、PSPPはECBに与えられた権限を逸脱していると訴えたが、2018年にまずECJ(欧州司法裁判所)が、PSPPは適法との判断を下した。それを、今回ドイツ憲法裁判所が、このECJの判断は不十分であったと主張し、自らをEU法の解釈においてECJより上に置こうとしている。

 これに対して、ラガルドECB総裁は、「われわれは欧州議会にのみ責任を問われ得る独立した組織である」として、独憲法裁の判決とは無関係にこれまで通り業務を遂行し続けるとコメントした。ECBとしては、27か国ある加盟国の各国最高裁が何か判決を出すたびに、あっちを向きこっちを向きしていたのでは、とても仕事にならないというところであろう。しかし、このまま行くと、ドイツ政府やドイツ連銀を、自国の憲法裁判所とECBの板挟みにしてしまう。つまり、各国の法律とEU法のどちらが優位なのかという根本的な問題に帰着する。

 EUのフォン・デア・ライエン委員長は、「EU法は各国の法律に優越する」、「EU法に関する最終的な判断は常にECJで示される」と声明で述べるとともに、ドイツをICJに提訴する可能性すら示唆した。なお、皮肉なことに、フォン・デア・ライエン委員長は、ドイツの前国防相である。一方、ドイツ憲法裁の判事の1人は、EU法の適用において自国の憲法よりECJに無限の優先権があるのであれば、ドイツはEUに加盟すべきではなかったことになる、と述べている。加盟国の主権をどの程度EUに譲り渡すかというのは、EUが抱える構造的な問題である。

 ドイツには、金融に関する権限をEUに渡してしまうのをどうしても良しとしない一派がいる。現在の極右政党AfD(ドイツのための選択肢)も、もともとは、反ユーロの経済学者が始めた集団であった。ドイツは、ヨーロッパで最もインフレ嫌いで、財政均衡主義である。一般論として欧州統合にコミットしていても、南欧諸国のルーズな財政規律にはどうしても我慢できず、その後始末をドイツがすることに納得が行かない、と考えるドイツ人は少なからず存在する。それは恐らく、ドイツナショナリズムと結びついているので、始末が悪い。イギリスのように、正面から反EUであれば、まだ分かりやすいが、ドイツの場合、表向きは最も親EUなだけに、隠れた形でナショナリズムが現れる。

 いずれにせよ、今回の判決は、一見テクニカルで法的な問題に見えるが、究極はユーロの本質と欧州の法的秩序そのものにかかわる問題である。新型コロナがもたらした危機にEUが一致結束して当たることが求められている時期に、難問を突き付けた判決であると言える。

  
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