コロナ禍により、音楽コンサート、演劇、ミュージカル、スポーツなど観客が集まるライブ・エンタテインメント業界は感染の拡大を引き起こす恐れがあるとして、営業の自粛を要請された。その結果、大幅な収入減となった同業界をどう立て直すのか、そのために何が必要なのかについて、ぴあの矢内廣社長が5月29日に日本記者クラブ主催でネット形式による「ライブ・エンタメ業界は再起できるのか」というテーマで講演、記者会見を行った。
売上の77%を消失
Q 現在までに公演の中止などでどれくらいの減収になっているのか、今後の見通しは。
矢内社長 ぴあ総研が5月末現在でまとめた数字では、すでに発生した売上がゼロか減少した公演、試合の総数は、11万3000本、入場できなくなった観客総数は6500万人、それによる入場料の減収は1945億円。これに来年の1月までに見込まれる減収分を加えると、43万2000本、2億2900万人、6900億円となり、年間市場規模約9000億円(入場料のみで物販、飲食は除外)の77%が消失する。緊急事態宣言は解除されてもすぐに回復することは難しく、プロ野球は6月末、Jリーグは7月初めに試合を始めると言っているが、7月までは現状維持で観客は入れられない。
ドーム球場クラスのコンサートで観客を入れてライブ公演できるようになるのは、プロ野球が観客をフルに入れて試合をできるようになってからになる。8月以降から公演の観客の比率を徐々に上げていって、1月に78%になる見通しで、完全回復までにはこれから1年くらいはかかるのではないか。この数字には感染の第二波の予測は入っておらず、これが来ればまた振出しに戻ってしまう。
自粛要請に対して、自分たちの意思でコロナの感染防止に真っ先に応えたのがライブ・エンタメ業界だったが、業界を構成する裾野が広く、中小企業、フリーランスがたくさんいるので、回復は最も遅くなりそうだ。回復が遅れると、人材が流出し、廃業を止められなくなるリスクを強く感じる。
Q 政府に対してどういう支援を求めるか。
矢内社長 売上の80%近くを失っては内部留保があっても事業を守るのは難しい。雇用調整助成金などで支援してもらっているが、市場規模から見ていかにも小さい。当面のイベントについて「止血」となる支援だけでなく、1年先を含めて、業界の生き残りのために「輸血」になる先を見越した支援をしてほしい。具体的には第2次補正予算で、ライブ・エンタメ業界を対象にした資本性劣後ローンのスキームを作ってほしい。さらに10兆円の予備費を使って、ライブ・エンタメ業界をひとくくりにした支援をしてほしい。支援は分かりやすさと公平性が大事なので、税務申告書類の売上総利益の50~80%を助成する支援をライブ・エンタメ業界の全事業者に対して是非ともやってもらいたい。
10年間で倍に伸びた
Q 海外と日本では支援の仕方に違いはあったと感じているか。
矢内社長 日本の場合は自粛要請という形で始まって、決めるのは事業者ですよというものだった。裏を返せば、政府は保証しないということでスタートしている。海外の欧州などは、公演を止めれば保証するという政府方針が明確に出ており、これが日本との大きな違いだ。文化、芸術に対する政府の対応の違いが浮き彫りになったのではないか。文化、芸術、エンタメは人間の生活にはなくてはならないという価値を見出している国と、そうではない国との違いが出た。
Q エンタメ業界は過去10年間で個人消費が伸びない中で売り上げを伸ばしてきた。エンタメ業界の位置づけは。
矢内社長 日本では重厚長大の産業を重視することから抜け出せていないが、エンタメが含まれる第三次産業に従事する人の数は労働人口の6割以上で最も多い。モノの消費から、コトの消費に変わってきており、日本経済を支える産業も変化していることを認識してほしい。ライブ・エンタメ業界は、日本の基幹産業の一つだと思う。その理由は2つある。一つは経済的な要因だ。日本全体で個人消費は伸び悩んできたが、この業界は過去10年間で倍に伸びた。これほど伸びた業界はほかにはない。入場料金だけで9000億円の市場規模だが、これに周辺の経済波及効果を含めると10倍になるという試算もある。つまり10兆円の内需の存在になり、地方への波及効果もある。もう一つは、社会的要因で、東日本大震災の時もそうだったが、文化、芸術、エンタメは人々の心に安定をもたらす効果がある。経済と並んで、人間が生きるために必要なものだ。