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2020年12月29日

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磯山友幸 (いそやま・ともゆき)

ジャーナリスト

千葉商科大学教授(4月から)。1987年日本経済新聞社に入社。フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長などを務め、11年に独立。著書に『2022年、働き方はこうなる』(PHPビジネス新書)など。

【谷川 洋(たにかわ・ひろし)】 
1943年福井県生まれ。東京大学経済学部卒業後、丸紅に入社。業務推進部長、芙蓉航空サービス 役員などを経て退社。2004年認定NPO法人アジア教育友好協会(AEFA)設立、同理事長に就任。(写真=湯澤 毅)

 「第二の人生は、本当に世の中のためになることをしたいと決めていました」

 谷川洋さんは元商社マン。丸紅の業務推進部長を務め、海外支店長に出るはずだった50歳過ぎの時に、奥さんにガンが見つかった。谷川さんは海外赴任の話を断り、奥さんの看病を第一にした。出世コースは諦めたわけだ。

 奥さんは4年半の闘病の後、亡くなった。60歳の定年まであと数年に迫っていた。「60歳になったら会社をすっぱり辞めて人生を完全に切り替える」。そう谷川さんは決意したという。

60歳での転機

 そんなある日、日本財団に勤めていた先輩から、ベトナムなどアジアで学校を造るためのNPOをやってくれる人を探してくれないか、と相談される。

 「目の前にいるじゃありませんか」

 これもご縁だと、谷川さん自身が引き受けることを決めた。

 2004年3月に定年を迎えた谷川さんは、独力でNPOを立ち上げた(登録は06年)。アジア教育友好協会(AEFA)。理事長として、手弁当で事業をスタートさせた。元商社マンだけに谷川さんは現場主義。AEFAを作ると、自腹でベトナムやラオスに通い詰めた。

 アジアの農村部などでは、学校はあっても掘っ建て小屋のような劣悪な施設が普通。窓もないので、大雨が降ると授業ができない。そこに日本の資金で校舎を建てるのが、AEFAの役割だった。

 05年には、日本財団の助成金を得て、ベトナムに4校、タイに2校、ラオスに2校を建てた。だがいずれ財団の助成は終わる。実際、ベトナムに100校、ラオスに10校など合計116校を建てた14年で、助成は終了した。それが分かっていた谷川さんは並行して寄付による学校建設にも取り組んだ。

 だが、寄付集めは簡単ではない。商社時代の伝手(つて)をたどって大企業を回ったが、ほとんど協力は得られない。なかなか現金をポンと寄付することは上場企業には難しい、というのだ。

 「中小企業のオーナーやベンチャー企業の創業者が最も協力してくれる」ということに気がつく。また、子どものいない高齢者など個人財産を寄付してくれる人も少なくない。06年に谷川さんの力で800万円を集め、2校を自前で建設した。結局、14年までに寄付によって自前で建設した学校は75校に上った。

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