世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年8月4日

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 インド出身で元国連事務次長のシャシ・タルールが、中国との関係におけるインドの戦略的オプションを論ずる一文を、7月10日付のオーストラリア戦略政策研究所(ASPI)のサイトに掲載している。

Hendra Su / iStock / Getty Images Plus

 筆者シャシ・タルールは、コフィ・アナン国連事務総長の下で事務次長を務めた人物である。アナン事務総長の後任候補にも挙がったが、後任は潘基文に決まった。現在は、インドの国民会議派の国会議員である。ASPIのサイトに掲載された彼の論説は、インドの置かれた立場を的確に表現し、整理された文章で参考になる。

 タルールは、6月15日にガルワン渓谷で起きた中国とインドとの国境衝突のように、インドが中国にサラミ戦術でいいように侵食され、揺さぶられていることを不快に思っている様子である。そして、このようなインドに対応するには、2つの戦略的オプションしかないと述べているが、1つは中国に対する叩頭だというのだから、実際にはオプションは 1つしかない。それは、米国、日本、豪州などとの連携の強化である。日米印豪の4か国の協力を、最近では、「クワッド」(Quad)と呼び、米国を始め、インドでも積極的に推奨するようになっている。もともとは安倍総理がインドでの演説で打ち出した「タイヤモンド構想」と同様のものだが、「自由で開かれたインド太平洋」を支える協力でもある。

 タルールは、モディ首相は政策転換を厭わないと言いつつも、重大な障害があるとして、「戦略的自立性」という名のインドの伝統的な非同盟路線への執着を指摘する。一体、インドは何時まで時代錯誤的な非同盟路線に未練を残す積りなのか。冷戦の時代にはそれなりの意義があったのかも知れない。同じ路線を指向する仲間もあった。しかし、非同盟首脳会議は今なお存在するらしいが、国際政治において存在感も影響力もない。中国との国境紛争を抱えるインドに見るように、自国の利益が脅かされている時に、更には中国やロシアから国際的な秩序を共同して守ることが要請されている時に、役にも立たない「戦略的自律性」や非同盟路線を維持する理由は見出し難い。

 1962年の中印戦争で、中国に一方的に攻め込まれ、窮地に立ったネルー首相は、ケネディ大統領に急遽支援を要請するに至った。米国と英国の軍事支援を得てようやく持ち応えたが、この時点でネルーの非同盟路線は一旦頓挫したと言うべきであろう。インドは 2007年に米国との間で原子力協力を中核とする戦略的な関係に移行して後、少しずつ西側との関係を深めて来ているが、ここは思い切った踏ん切りが必要であろう。米国と中国のいずれを選択するかを迫られないのが最も幸せという贅沢は最早可能でない。

 インドが西側民主主義諸国と同盟関係に踏み込めないもう一つの理由はロシアの存在である。これこそ米ソ冷戦期の非同盟の名残かもしれないが、最近も、インドは、米国の反対にもかかわらず、ロシアから多額の武器を購入した。6月の中印国境紛争後、インドのテレビ番組で放送されたアニメも、それを象徴していた。竜に乗った習主席と虎に乗ったモディ首相が争い、モディ首相が勝利して喜ぶシーンで、モディ首相は、トランプ大統領、安倍総理、そしてプーチン大統領それぞれと共にいるのである。それがインド国民にとっては違和感がないらしい。

  
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