2024年11月21日(木)

食の安全 常識・非常識

2020年8月7日

英語解説サイト立ち上げ、ネイチャーカフェも

 どうやって思い込みを覆すのか? 古い情報を刷新してもらうか? しかも海外で。林原は売上高250億円、従業員650人の企業。国内ならまだしも世界相手とは荷が重い。しかし、ビジネスを拡大してゆくには、取り組みを重ねてゆくしかありません。実は、トレハロースは中国企業が製造を開始しており、欧米への進出も狙っています。ライバルは風評と中国企業なのです。

レシピや糖の機能性を解説するリーフレットも定期的に発行し、食品加工のプロへの浸透にも務めている

 林原はまずは、情報を世界に届けるためにトレハロースの情報を提供する本格的な英語サイトを開設しました。今後は、マルチ言語化してゆきます。

 前述の料理学校でのワークショップも、シェフやその先の客など情報を一般に広げてゆくための試みの一環。また、問題となった論文を掲載したネイチャー編集部と姉妹雑誌のネイチャーフード編集部主催のネイチャーカフェ(Nature cafe)にも協力する予定。これまでにも味の素(株)や(株)ヤクルト本社等が共催してきたサイエンスカフェです。トレハロースにはこだわらず、国連のSDGs「飢餓ゼロ」への取り組みを重視する企業として議論の場を提供するとのこと。また、広告記事も出稿します。林原は、トレハロースのほか、医薬品素材や健康食品素材も開発しています。科学者コミュニティに林原を知ってもらい信頼を構築するというコーポレートブランディングの場として、あえて愚直にネイチャーという場を選んだのです。

 国内では、これまで年1回、計23回にわたって開いてきたトレハロースシンポジウムを継続し、情報提供してゆくとのことです(今年は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため中止)。Twitterでも、公式アカウント「トレハ星人」を昨年9月から開始しました。林原の宇宙広報マネジャーという設定で、さまざまな情報にその都度対応してゆきます。例えばTwitterで「人工甘味料のトレハロースは……」という書き込みがあった場合、「人工ではないよ」とすぐに林原のウェブサイトの解説記事を紹介する、という塩梅です。

 汚名を返上しようと戦ってきた2年半の日々。ネイチャー騒動に加え、昨今の科学的根拠のない添加物批判が、林原を苦しめます。一方で、社員たちが晴れ晴れと「我が社はサイエンスをベースにやってゆく。安全で高品質の製品を取引先、消費者に届ける責任がある」と口にするのも印象的でした。姫井さんはこう話します。「ブランドは、一度傷つけられたらなかなか直せない。でも、トレハロースはすぐれた製品でお客様に利益をもたらす、ということも改めて確信しました。それを裏打ちする科学的根拠、オリジナルの情報をうちはしっかりと持っている。ていねいに伝えてゆきます」

 言葉を口にするだけではなく、人事異動も大胆です。でんぷんからトレハロースを作る微生物を発見し酵素を同定して製造方法を確立した研究者、丸田和彦さんが2018年4月、研究所からマーケティング部に配属され、マーケティングや広報宣伝等にも関わるようになりました。丸田さんは「販売に携わってみたいという個人的な希望がありました」と話しますが、海外の研究者とのやりとりや取引先、消費者に科学的な話をどう伝えるか、という点で、最先端の研究に従事していた科学者がマーケティング部にいる価値は非常に大きい、と部長である姫井さんは話します。

 2018年4月に代表取締役社長に就任した安場直樹氏の下、「研ぎ澄まされたバイオの力で、独創的な新素材開発に挑戦し続ける企業」を「林原ビジョン」として掲げ、開発技術力と適切な情報を基にしたマーケティングの両輪で進み始めた林原。とはいえ、科学的な情報をタイムリーに届けるための決め手はなく、かなりのコストがかかるのも事実。後発の中国企業は、そうした問題は無視し、トレハロースを低価格で世界に売り込んでいます。林原の情報戦略にただ乗りしている、と言えなくもありません。製品の品質の高さと情報のていねいな提供で世界に林原ブランドを確立してゆけるのか。厳しい闘いが続きます。

<参考文献>
Wedge Infinity・「トレハロース問題」の真相、「感染症の原因に」論文は矛盾だらけ
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/11897
Consumer Reports・6 Food Additives to Avoid
https://www.consumerreports.org/food-additives/food-additives-to-avoid/
Collins J, Robinson C, Danhof H, et al. Dietary trehalose enhances virulence of epidemic Clostridium difficile. Nature. 2018;553(7688):291-294.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29310122/
Eyre DW, Didelot X, Buckley AM, et al. Clostridium difficile trehalose metabolism variants are common and not associated with adverse patient outcomes when variably present in the same lineage. EBioMedicine. 2019;43:347-355.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31036529/
Saund K, Rao K, Young VB, Snitkin ES. Genetic Determinants of Trehalose Utilization Are Not Associated With Severe Clostridium difficile Infection Outcome. Open Forum Infect Dis. 2020;7(1):ofz548. Published 2020 Jan 4.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31976356/
林原・雑誌Natureに掲載されたトレハロースに関する論文について
https://www.hayashibara.co.jp/data/1416/press_tp/
林原・雑誌EBioMedicineに掲載されたトレハロースの安全性を裏付ける論文について
https://www.hayashibara.co.jp/data/3024/press_tp/
長瀬産業・Chef Workshop at The Culinary Institute of America at Copia~ Potential solutions to cutting down on waste in foodservice industries in North America
https://www.nagase-foods.com/treha/news/20191216/
林原・TREHA Web
https://treha.jp/

  
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