2022年12月4日(日)

中東を読み解く

2020年8月11日

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黒幕たちの暗躍

 首相の責任を放棄したとも受け取れる発言だが、彼が言及した「政府内に巣食う黒幕たち」というのは何者で、これまでの“政治ゲーム”と何が異なっているのだろうか。すでに広く伝えられるところではあるが、レバノンの腐敗の実情を説明するためには、同国の政治機構について触れておかなければなるまい。

 レバノンは18に上る宗派が混在するモザイク国家である。そのために内戦も経験したが、各派への権力を配分して、国家としてのバランスをとってきた。大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はイスラム教シーア派、副議長はギリシャ正教徒から選ぶことが慣例で決まっている。

 こうした権力の配分は利権の分配につながってきた。各派が互いに縄張りを持ち、公共事業や外国からの援助などもそれに応じて割り当てられてきた。こうしたシステムは当然のことながら不正や腐敗の温床になり、各派の支配層やその周辺が旨い汁を吸い、その一部が国民に滴り落ちていた。その意味では、国民も腐敗の一端を担いできたわけだ。

 だが、投資家がレバノンから資金を引き揚げ、国がデフォルト(債務不履行)に陥るようになると、経済は極度に悪化。国民が恩恵を受けることはなくなり、政府や政治支配層の腐敗への不満が爆発した。コロナパンデミックや今回の爆発事件が国民の苦境に追い打ちを掛けた。元大学教授のディアブ首相はこうした腐敗のシステムから比較的遠かったといわれる。

 米紙などによると、首相は国民の要求に応じる形で、爆発事件の真相究明に本腰を入れ始めた。具体的には港湾の利権や軟禁下の当局者らに関わりのある資金の流れを解明するため、銀行の秘密性を守ってきた法律にメスを入れようとした。首相のこの姿勢に対し、「黒幕」とされる各派の政治支配層は慌て、おののいた。

 コントロールできない首相が捜査を進めれば、利権に群がった自分たちの実態や不正が明るみに出かねないからだ。こうして彼らは捜査や首相の改革の取り組みを邪魔し、阻んだ。首相に残されたのは総辞職の道だけだった。ディアブ首相はハリリ前首相と同じスンニ派出身ながら、政治色が薄く、前首相の辞任を受けて今年1月、妥協の産物として首相に就任した。

 レバノン最大の軍事力を持ち、政治勢力でもあるシーア派武装組織ヒズボラもディアブ氏の首相就任を支持した。だが、ヒズボラは爆発現場の港を拠点として武器の密輸を行っているとされ、実質的に港湾を支配している。爆発原因の硝酸アンモニウムをきちんと管理していなかった責任を問われている所以だ。

 爆発事故の原因解明を歓迎しない最大の当事者であることは間違いない。

 ヒズボラの指導者ナスララ師は「爆発はわれわれの責任ではない。われわれを非難しても何の結果も得られない」と警告している。ヒズボラが首相を辞任に追い込んだ黒幕の1人だったかは分からないが、新首相選出にカギを握っているのもまた彼らである。ここ数カ月、レバノンの政治の混乱が一段と深まることだけは確かである。

  
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