2024年12月22日(日)

Wedge REPORT

2020年8月31日

池江選手(代表撮影/ロイター/アフロ)

 奇跡の復活を果たした。白血病を乗り越え、競泳女子・池江璃花子(ルネサンス)が約1年7カ月ぶりのレースに出場。29日に行われた東京都特別水泳大会(辰巳国際水泳場)の女子50メートル自由形に臨み、26秒32で組1着となった。全体としては5位のタイムで自身の持つ日本記録には2秒ほど及ばなかったとはいえ、復帰戦で目標に掲げる日本学生選手権(インカレ=10月2~4日)の参加標準記録26秒86をクリアし、世界を驚かせた。

 池江が白血病を公表したのは昨年2月12日。闘病生活を経て同年12月に退院し、今年4月には406日ぶりにプールに入った。現在は週4日の練習で、そのうち1日をウェートトレーニングに充てながら筋力アップとコンディション作りに励んでいる。徐々に練習の強度を上げているものの、体に急激な負担をかけないように週3日を休養日として設定しているという。

 こうした「第2の水泳人生」のプロセスを踏んでいる中、池江本人はこれまでの自身に例えれば現在のコンディションについて「中学1、2年時代の頃の体力」と評し、まだ体力回復期の真っただ中でリハビリ過程にあることを伺わせている。しかし、池江をサポートしている西崎勇コーチが「今のタイミングで競技会に出ること自体が奇跡的だと思う。(池江と)2人で28秒50が出れば二重丸と話していた」と明かしたように、白血病診断からわずか594日後に復帰戦のレースに臨んで目標値を大きく上回ったことは、まさに「ミラクル」としか言いようがない。

 想像もつかないような苦しみと辛さを克服し、再び檜舞台に戻ってきた池江の強い精神力と並々ならぬ努力は称賛されるべきことであり、多くの人たちが勇気と感動を与えられた。新型コロナウイルス感染症にまつわる重苦しいニュースばかりにさいなまれる昨今の世の中において、日本競泳界のヒロインの衝撃的な復活劇は久しぶりに明るく前向きなトピックスとなったのは間違いない。

 そうは言うものの、やや気がかりなことがある。周囲の喧騒ぶりだ。池江が想像以上のハイペースで「第2の水泳人生」を突っ走り、本格復帰への道のりを驀進していることで来年夏に開催延期となった東京五輪への出場を切望する声が強まり始めている。実際に日本オリンピック委員会(JOC)の中からも「池江選手が東京五輪への出場を目指す気持ちを固めれば、これ以上の朗報はない。かつての力を取り戻して一度は断念した母国での五輪出場権をつかみ取り、金メダルに輝くというドラマチックなストーリーをどうしても期待したくなる」との声が出ている。

 さらに東京五輪の大会組織委員会幹部も19日の復帰戦で池江が好結果をマークしたことを受けて「もちろん池江さんに肩入れしているわけではないが」と前置きしながら「もし彼女が東京五輪に出場することになったら、必然的に大会への国民の関心も高まってくるはずだ。世論はコロナの影響でどうしても大会開催に批判的な意見が大勢を占めているが、その風向きも池江選手のような発信力のあるアスリートが参加することで大きく変わるはず。競泳界の若きスターの東京五輪出場はプラス要素しか見当たらない。そのような形になることは、我々の立場からすれば歓迎だ」と本音を吐露していた。

 だが、池江の当面の目標は日大水泳部員として参加が決まったインカレであり、その先に描いているのは本人も明言しているように2024年のパリ五輪出場だ。所属するルネサンスの西崎コーチも含め池江サイドは、たとえ1年延期で来夏開催となったとはいえ東京五輪への出場を現段階で視野にすら入れていない。

 しかしながら、この衝撃の復活劇によって前記したように各方面から池江への東京五輪出場を後押しし、どんどん火がついていく流れを懸念している。おそらく次のインカレで好タイムを叩き出せば「東京五輪も夢ではない」というムードにさらなる拍車がかかるだろうが、それは池江にとって逆に大きな足かせにもなりかねない。


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