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2020年9月7日

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樫山幸夫 (かしやま・ゆきお)

元産經新聞論説委員長

元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

「ノビチョク」、サリンより強力

 ノビチョクは1970年―80年代に極秘に開発された。神経系統に作用し、呼吸や心拍の停止を引き起こす。その毒性はサリンなどよりも強力といわれているが、人を殺傷する目的で使用されたのは、実は初めてではない。

 これまたスパイ映画もどきの事件だったのでご記憶の方もあろう。2018年春、英国南部の都市で起きた。

 ロシア参謀本部情報総局の元大佐(66)と娘(33)がショッピングセンターのベンチで意識を失って倒れているところを発見され病院に搬送された。娘は軽症だったが、父親は一時重体に陥り、かろうじて生命をとりとめた。

 イギリスのメイ首相(当時)は「ノビチョク」が原因物質であることを明らかにし、「ロシアが関与していた可能性が非常に高い」と非難した。

 ロンドン警視庁(スコットランド・ヤード)がその後、元大佐の自宅玄関のドアから高濃度の神経剤の痕跡を発見、父娘がドアに触れれば体内に取り込まれ、中毒症状を起こすように細工されていたことがわかった。

 元大佐は現職中、イギリスのスパイだったとしてロシアで禁固13年の判決を受けた。その後スパイ交換で釈放され、イギリスに亡命していた。

 イギリス政府は、主権侵害に対する報復として、国内に駐在するロシア外交官23人を追放。米国もこれに同調、ワシントンの大使館やニューヨークの国連代表部で活動するロシア外交官60人を国外退去とした。NATOなども同様の強い措置をとった。

 関与を否定するロシア側は、サンクトペテルブルクにある英米両国の総領事館の閉鎖を命じるなどの対抗手段をとり、報復合戦に発展した。

お茶に放射性物質を混入

 イギリスを舞台にしたロシアによるテロとみられる事件はこれにとどまらず、放射性物質を使用するというにわかには信じがたい残虐な事件も起きている。

 2006年秋、KGB(旧ソ連国家保安委員会)、FSB(ロシア連邦保安庁)の元中佐が、ロンドン市内の日本料理店で高濃度放射性物質ポロニウム210が混入されたお茶をのまされ、3週間余後に亡くなった。

 死亡前、元中佐は脱毛、貧血、下痢に苦しみながら、頭髪の抜けた憔悴した様子でインタビューを受け、最後の力を振り絞ってロシア当局を告発した。鬼気迫るという言葉がぴったりだった。

 元中佐はプーチン大統領の政敵の暗殺を命じられてこれを拒否。その後組織から弾圧されたため英国に亡命していたが、そこで〝追手〟の手にかかった。

 同様な事件は枚挙にいとまがないといっていいほどだが、亡命先まで行く手を追及して執拗に命を狙い、罪もない女性まで巻き添えにしてはばからない所業にはただ戦慄を感じるほかはない。

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