朝、目が覚めたらアメリカが中共(中国はかつてこう呼ばれていた)を承認していたー。日米両国が中国と国交正常化するはるか以前に駐米大使をつとめた外交官の在任中の〝悪夢〟。不幸にして、1971(昭和46)年の米中頭越し接近、翌年のニクソン訪中で現実になってしまった。
戦後日本外交にとって最大の衝撃だったこの事件を苦々しく連想している人もあろう。トランプ大統領の元側近、ボルトン元補佐官(国家安全保障問題担当)が先週、回想録を出版した。
一貫して対中強硬姿勢をとってきた大統領が、あろうことか、習近平国家主席と会談した際、11月の大統領選で自らの再選を支援するよう「懇願」したという。就任以来、厳しい対中政策をとり続けてきたトランプ大統領が、その中国に、頭を下げるというのだから、にわかには信じがたい。
インド太平洋構想など米国はじめ各国と歩調を合わせ、「一帯一路」を掲げる中国に対抗してきた日本は、半世紀前と同様、また〝梯子をはずされる〟のか。警戒が必要だろう。
「フィンランドはロシアの一部?」
ボルトン氏の著書『THE ROOM WHERE IT HAPPENED(それが起きた部屋)」は、米国はじめ各国で発売された。2018年4月から19年9月に解任されるまでの約1年半にわたる補佐官(国家安全保障問題担当)としての日々を回想している。
トランプ大統領がいかに常識外れ、無能であるかを随所で具体的な言動を紹介しながら強調。あまりの内容にびっくりしたホワイトハウスが裁判所に出版さし止めを求めて提訴(棄却)、トランプ氏自身やポンぺオ国務長官がボルトン氏を非難、反論する騒ぎになっている。
回想録のさわりをみてみよう。
2018年7月、ヘルシンキでロシアのプーチン大統領と会談することが決まった時、「フィンランドはロシアの一部なのか」とケリー首席補佐官(当時)に真顔で尋ねたり(同書128ページ)、ヘルシンキ入りに先立ってロンドンで会談したメイ首相(当時)には、「英国は核保有国か」と質問して周囲を唖然とさせたという。ボルトン氏は「決して冗談ではなかった」と回想しているが、メイ首相の反応は残念ながら明らかではない(同書149ページ)。
トランプ氏の奇矯な発言には、米国民でなくとも〝免疫〟ができているだろうが、それにしても、信じがたい話の連続だ。
「史上初」と鳴り物入りでシンガポールで行われた2018年6月の米朝首脳会談。ボルトン氏は「主要な結果は実務者協議の再開が決まったにすぎなかった」と酷評、トランプ氏と金正恩朝鮮労働党委員長の会談のさ中、同席していたポンぺオ国務長官が「(トランプ発言は)くだらないことばかりだ」と書いたノートの切れ端を回してきた(同書110ページ)。自らの信任の厚い人物からもあきれられているらしい。