安倍首相の突然の健診による波紋はなお続いている。
翌々日には職務に復帰したが、詳しい説明がないこともあって、憶測が喧しい。
政治家の健康問題は洋の東西を問わずデリケートな問題だ。アメリカのトランプ大統領も昨年、首相と同様に突然の健診を受けて周囲を驚かせた。しかし、米国では、大統領の検査結果は原則的に公表され、〝透明性〟は高い。
日本では、健康状態を隠すだけでなく、過去には国民に「嘘をつき通す」ケースも少なくなかった。
首相から詳細説明なく……
安倍首相が慶応病院で「追加の検査」を受けたのは8月17日。午前中、私邸から直接病院に入り、夕方まで院内にとどまった。
6月に同病院で健康チェックを受けたばかり。何のための「追加の検査」だったのか、7時間半もの時間は何らかの治療に費やされたのではないかーなどの疑問が指摘された。
ここに至る数週間、首相は記者会見も開かず、国民の前に姿を見せることが少なかった。健康への懸念が一部メディアで指摘され、8月16日に側近の甘利明自民党税制調査会長がテレビ番組で、「首相には休養が必要」と述べた翌日という微妙なタイミングも手伝って永田町にざわめきが広がった。
首相は検査翌日は終日静養、19日に職務に復帰、「体調管理に万全を期すため。仕事に復帰し頑張っていきたい」と記者団に語った。
しかし、第1次政権を投げ出したのは持病の潰瘍性大腸炎の悪化だったことへの記憶はなお新しく、首相側から詳細な説明がない限り、波紋は続きそうだ。
トランプ氏も突然の健診
トランプ米大統領(74)が昨年11月16日、突然、病院に現れた時も、今回の安倍首相のケースに酷似している。
大統領はワシントン郊外、メリーランド州ベセスダにあるウォルターリード米軍医療センターでその年2月に詳細な定期健診を行ったばかり。10カ月もたたないなかでの「前触れなき再訪」だった。
同医療センターでは歴代大統領らが定期的に健康診断をうけている。ちなみに、1963年に暗殺されたケネディ大統領の遺体が検視を受けたのもここだった。
しかし、通常と違っていたのは、病院スタッフは最高幹部を除いて大統領の来訪を知らされず、検査に加わったのも少数の医師団だった。
ホワイトハウスからベセスダまでは自動車で数十分を要し、大統領はヘリで移動するのが常だが、この日は好天だったにもかかわらず、空の移動を避け車列を連ねた。メディアも大統領の病院到着まで報道を控えるよう指示されるという異例づくめだった。
2時間にわたる検査後、ホワイトハウスは、「週末の予定がなかったため、多忙が予想される2020年の健診の一部を先に行った。検査で異常はなかった」と説明。「一部の人々やメディアは憶測をめぐらしたり無責任なウワサを流すことを楽しんでいる」とメディア批判はいつも通りだったが、詳細な結果についての公表は避けたため、不審感が少なからず広がった。
認知テストまで公表
シンゾウとドナルドといわれる〝盟友〟同士は、健診のスタイルまで似てくるのかと想像をめぐらせたくなるが、そのトランプ氏にしても、その年の2月に行った健診結果については、国民につぶさに公表している。
身長6フィート3インチ(190センチ)、体重243ポンド(110kg)、総コレステロール223、血圧118-80、心拍数1分間68-など。
驚くのはトランプ氏が2020年7月に認知テストについて自ら説明したことだ。ウォルターリードで医師によって検査が行われ、「person」「woman」「man」「camera」「TV」という5つの単語を聞かされ、他の質問に答えた数分後に、その言葉を繰り返すというものだった。インタビューアーに、「できるかい?」などと問い返し、テスト全体で好成績を得たことを強調してみせた。もっとも、「バイデン氏もテストを受けるべきだ」と大統領選での対立候補、77歳のバイデン前副大統領を揶揄するのを忘れなかったが。
オバマ前大統領が退任10カ月前の2016年3月に行った健診結果は、血圧110-68、心拍数56、コレステロールやや低め、視力20-20(1・0)ーなど。
自分の心拍数など正確に知っている人などいないだろうが、そこまで国民に知られてしまうというのだから、大統領という職はつくづく楽ではない。
自分たちが選んだ大統領の健康状態を自分たちが知るのは当然という民主主義の考え方だろう。
日本ではそういう認識は、リーダー、国民いずれも低いようだ。