2024年4月20日(土)

Wedge REPORT

2020年10月4日

都合がいい偽装留学生

 偽装留学生の存在は、日本にとっては極めて都合がよい。底辺労働者として人手不足を補い、しかも稼いだ金を学費として日本語学校や専門学校などに還元してくれる。また、不当な扱いを受けることがあっても、不満の声すら上げない。「週28時間以内」を超える違法就労への後ろめたさがあるからだ。

 その陰では。数多くの悲劇が生まれ続けている。一例を挙げれば、筆者が2018年から取材を続けているブータン人留学生をめぐる問題である。

 17年からの約1年間で、ブータンから700人以上の留学生が日本語学校へ入学した。ブータン政府が現地の留学斡旋業者と組んで進めた、日本への留学制度を通してのことである。

 ブータンは「幸せの国」として知られるが、現地では若者の失業が社会問題となっている。そこでブータン政府は失業対策として、「学び・稼ぐプログラム」と名づけた留学制度を始めた。日本へ行けば「学びながら、稼げる」との宣伝を信じ、多くの若者が来日することになる。

 日本円で約120万円に上る留学費用は、ブータン政府系の金融機関が貸し付けた。また、親の年収や銀行預金残高に関する証明書は、業者が捏造した。ただし、ブータン人たちは「偽装留学生」とは呼べない。母国のエリート大学を出て、日本での大学院進学を目指していた者も多かった。そんな彼らをブータン政府と業者が騙し、日本へと「売った」のである。

 ブータン人留学生たちは、他国の偽装留学生たちに混じり、弁当工場や宅配便の仕分け現場などで夜勤の仕事に就くことになった。借金返済に追われる過酷な生活で心身を病み、ブータンへ帰国していく者が相次いだ。過労で倒れ、1年半以上も昏睡状態に陥った後、寂しく日本で亡くなった女子留学生もいる。また、将来を悲観し、自ら命を絶った青年もいた。

 その後、ブータンでは、「学び・稼ぐプログラム」は国家ぐるみの詐欺事件として大問題となった。斡旋業者の経営者は逮捕され、政府で中心になってプログラムを進めた高官も起訴された。しかし、プログラムにお墨付きを与え、留学ビザを発給した入管当局、また在ブータン日本大使館など日本側の責任は全く問われていない。

 「留学生30万人計画」の醜悪な実態については、世にほとんど知られていない。新聞など大手メディアが全く報道しようとしないからである。それは、なぜか。

 東京など都市部の新聞配達は、留学生頼みが最も著しい職種の1つなっている。しかも「週28時間以内」を超える違法就労が横行し、留学生たちには残業代すら支払われない。残業代を払えば、留学生を雇う販売店側が、違法就労を認めたことになってしまうからだ。この問題を筆者は数年前から取材し、何度も記事にしているが、現在に至るまで状況は改善されていない。

 こうした新聞配達現場の状況があるため、大手紙は偽装留学生問題に知らんぷりを決め込んでいる。紙面で取り上げれば、自らの配達現場に火の粉が及ぶと恐れているのだ。

 つまり、日本語学校や人手不足の企業と並び、大手新聞社もまた「30万人計画」のステークホルダーなのである。メディアが沈黙すれば、同計画に対する批判はどこからも出ない。結果、安倍政権も成長戦略として推進し続けることができた。

 安倍政権誕生以降に急増した偽装留学生は、日本語学校から専門学校などを経て、やがて就職時期へと差し掛かる。すると同政権は2016年、その時期に合わせるようにある政策を打ち出した。今度は「留学生の就職促進」を成長戦略に掲げたのだ。そして偽装留学生たちは、続々と日本で「移民」となり始めていく。

  
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