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2020年5月13日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙「ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て、フリー。著書には、『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)などがある。

 新型コロナウイルス感染症拡大に伴う経済対策として、政府は1人10万円の「特別定額給付金」を支給する。その対象には、3カ月を超える在留資格を有する外国人も含まれる。

 しかし日本で長期にわたって暮らしながら、支給対象から外された外国人がいる。今年3月に日本語学校などを卒業した後、コロナ禍の影響で母国へ帰国できなくなっている留学生たちだ。ベトナム人のクオン君(26歳)も、そんな元留学生の1人である。

(Fiers/gettyimages)

 外国人が給付金を受け取る際には「在留カード」が必要となる。カードは日本に中長期滞在する外国人が所有するものだが、クオン君は給付金の支給基準日である4月27日の数日前にカードを失った。24日に留学ビザが失効する前に、在留資格が「短期滞在」へと変わったからだ。

 「あと1週間、留学ビザが残っていたら10万円をもらえました。とても残念です……」

 「短期滞在」という資格では、アルバイトも認められない。クオン君の生活は苦しくなっていく一方だ。

 クオン君はベトナム南部・ロンアン省の出身だ。医療系の専門学校を卒業後、ホーチミンの病院で介護の仕事に就いていた。その頃の月収は日本円で約4万円程度だった。急激な物価上昇が続くホーチミンでは、やっと生活できる程度の収入である。そこで彼は日本への留学を思い立つ。留学によって、豊かな生活を手に入れたかったのだ。

 留学費用は、日本語学校の初年度分の学費や斡旋業者への手数料などで150万円にも上った。クオン君の実家は農家で、決して裕福ではない。留学費用の半分近くは借金に頼ることになった。

 2018年10月に来日した彼は、栃木県内の日本語学校へ入学した。今年3月まで、1年半にわたって在籍するコースである。

 卒業を半年後に控えた19年秋、クオン君はある大学へ進学しようとした、大学や専門学校の授業を理解するには、最低でも日本語能力試験「N2」レベルの語学力が必要だ。彼は2段階下の「N4」にも合格していない。それでも学費さえ払えば、留学生の入学を認める大学や専門学校は少なくない。彼が進学を目指したのも、そうした大学の1つだった。

 「日本語学校の出席証明書や成績証明書があれば、大学には合格できました。でも、学校が発行してくれず、入学できなかった」

 大学側は、受け入れた留学生が学費を支払えなくなったり、失踪してしまうことを恐れる。昨年、東京福祉大学で1年間に700人以上もの留学生が所在不明となっていることが発覚し、「消えた留学生」問題として大きく報じられた。留学生たちは学費の負担から逃れ、不法就労に走っていたのである。そんな事態を避けようと、大学や専門学校は日本語学校が発行する証明書を提出させ、学費の支払い能力や失踪の可能性を計ろうとする。

明白な人権侵害行為

 クオン君の日本語学校が証明書を発行しなかったのは、彼自身に問題があったからではない。学校が留学生を系列の専門学校へ内部進学させようとして、他校への進学や就職を希望する学生に対し、証明書の発行を拒んだのだ。明白な人権侵害行為である。にわかに信じがたい話だが、この日本語学校において内部進学の強要があったことは間違いない。

 同級生の多くは他校への進学をあきらめ、系列の専門学校への入学を決めた。そんな中、クオン君はベトナムへの帰国を選んだ。他に選択肢がなかったからだ。

 「日本で経済を勉強し、ベトナムへ戻って関連の仕事に就きたいという夢はありました。だけど(日本語学校の系列の)専門学校へ行っても知識は身につかない。だからベトナムへ戻ることにしたのです」

 その後、日本語学校を3月に卒業し、帰国準備をしていた頃、新型コロナウイルスの感染が急速に拡大していく。

 ベトナム政府の対応は日本よりもずっと素早かった。まず、3月14日には欧州27カ国から、続いて22日には日本人を含むすべての外国人の入国を停止した。それでも日本とベトナム間の旅客機は一部運行していた。ただし、オフシーズンであれば往復5万円程度の航空券が、20万円以上にも高騰していた。クオン君が言う。

 「ネットを見ると、チケットを売ってはいるんです。でも、実際に運行され、ベトナムに到着できるかどうかわからない。値段は高いし、僕たちのようなお金のない留学生に買えるものではありません」

 留学ビザの在留期限である4月24日を過ぎれば、不法残留になってしまう。クオン君は入管当局を訪れ、ビザを延長してもらおうとした。だが、当局の担当者は航空券が販売されていることを理由に、延長を拒んだ。

 卒業したばかりの日本語学校にも相談したが、やはりチケットを購入するよう急かされるだけだった。クオン君が不法残留となれば、学校側に責任が及ぶ。彼の状況よりも、自分たちの立場が心配なのだ。

 不法残留者にはなりたくなかった。そこでクオン君は再び入管を訪れ、旅客機の運行状況について訴えた。そしてやっと3カ月の在留延長が許されることになる。

 ただし、在留資格は「短期滞在」となった。クオン君は日本語学校を卒業し、教育機関には在籍していない。そのため「留学」のままでの延長は認められないのだ。

 保持していた在留カードには穴が開けられ、使えなくなってしまった。結果、給付金の10万円を受け取る資格もなくなった。

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