Wedge REPORT

2020年10月19日

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 一度、地獄の淵に足を踏み入れかけた人間は強い。率直にそう思った。競泳短水路日本選手権は17日、18日に東京辰巳国際水泳場で行われ、萩野公介が(ブリヂストン)が二冠に輝いた。第1日目に男子400m個人メドレーを4分2秒75で制すと、最終日も200m個メに臨み4分2秒75で2日連続V。

 2018年に体調不良で3週間の入院を余儀なくされ、翌2019年もメンタル面の問題から約3カ月休養するなど〝水泳が嫌い〟になる時期もあった。しかし4年前のリオデジャネイロ五輪で400m個メ・金を含む3つのメダルを手にした一流アスリートのメンタルはやはりタフネスだ。ここから這い上がり、萩野は再び第一線に帰って来た。モチベーション低下に苦しんだ姿はもうない。さらなる高みを目指す視線の先にはあるのは、言うまでもなく来年夏に延期された東京五輪の表彰台である。

(cookelma/gettyimages)

 そして萩野はこの日、最大のライバルであり盟友の〝あの男〟への思いも口にした。不倫騒動で日本水泳連盟から年内活動停止処分を受けた瀬戸大也についてである。

「ずっと戦ってきた仲間ですし、年明けから一緒に泳ぐのを楽しみにしています。彼はもっと早いタイムで泳いでいたし、(今の自分は)足元にも及ばないです。また会ったときに恥ずかしくないレースができるように、一日一日準備をしていきたいと思います」

 レース終了後、このようにメディアへコメントした萩野の表情は清々しかった。戦いの場に不在だった同い年のライバルを持ち上げつつ謙虚な言葉に終始し、年明けの復帰を促すエールも送った。両者には第三者の我々では到底分かり得ないほどの深い絆がある。かつて自身が原因不明の体調不良とモチベーション低下に苦しんだ時も瀬戸からは「必ず帰って来い」「また一緒に食事に行こう」などと何度も励まされていた。おそらく当時のことも自身の脳裏をよぎったはずだ。

 トビウオジャパンで互いに苦楽をともにしながらエースの座も争ってきた「仲間」。数年前とは逆に萩野から励まされる言葉を投げかけられた瀬戸は、きっと涙が出るような思いだったに違いない。しかし当然のように数年前の萩野と今の瀬戸は同じくレースに出られない状況であっても〝種別〟が全く違う。瀬戸は今も日々、自身が犯した取り返しのつかない過ちをあらためて痛切に感じ続けていることだろう。

 爽やか路線を世間に印象付けていたアスリートにとって不倫は、かなり致命的だ。確かに「夫婦間の問題だから、もうとやかく外野が言うことはやめるべき」と繰り返す声もある。しかしながら、その主張は瀬戸のケースに当てはめづらい。元飛び込み選手の妻とともに夫婦でCMに出演するなど家庭円満ぶりをセールスポイントにしていただけに、その姿を信じ込んでいた人たちからすれば裏切り行為につながる。

 多額の金を費やしながら契約を解除せざるを得なくなったスポンサーも無論、怒り心頭だ。一時期は瀬戸の不倫によって大きなイメージダウンを被ったとして、契約企業側が訴訟を起こすのではないかと推測する向きもあった。超一流アスリートの複数女性との「不倫」ともなれば、本来なら民放各局のワイドショーが格好のネタとして一気に食いついていくはずである。ところが民放各局は瀬戸の不倫問題の発覚当初、ワイドショーではトピックスとして取り扱わずに〝スルー〟。日本水連が正式処分を下したことでさすがに無視できなくなったとはいえ、そのタイミングでさえも一部のワイドショーでサラッと報じられた程度であった。

 ただ、これが逆に瀬戸本人を窮地へと追い込む羽目になっているのは皮肉な話だ。ネット上では「裏工作があるのでは?」とうがった見方を向けられている始末である。しかも、今回の不倫問題で日本水連が瀬戸に下した処分に関しても「年内活動停止」としながら「東京五輪代表権は維持」と明言したことで「大甘裁定」との批判まで沸き起こっている。

 時間が経過するにつれ「もう社会的制裁を十分に受けているのだから、そろそろバッシングはやめてもいいのではないか」「不倫は悪いことだが、法に触れる罪を犯したわけではない」などと指摘する温情派が徐々に増えてきている印象もあるにせよ、まだまだ瀬戸への風当りは沈静化する気配が見られない。 

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