無謀か、英断か。今月末、横浜スタジアムで今季初めてスタンドを〝満員状態〟にしてプロ野球の試合が行われる。この球場が来夏に延期された東京オリンピックの試合会場となることに鑑み、満員にした上で大がかりな新型コロナウイルス感染防止策の実証実験をするというのだ。全国的に感染拡大が続き、専門家からは時期尚早と指摘する声も上がる中、野球ファンはもちろん、一般社会からも成否に注目が集まっている。
政府がスポーツイベントにおける人数制限緩和の実証実験の対象としたのは、10月30日~11月1日に横浜で行われるDeNA-阪神3連戦。横浜の最大収容人員は約3万4000人で、この3連戦の収容率上限は、試合開始18時のナイターの30日が80%(2万7200人)、14時のデーゲームの31日が90%(3万600人)、同じく1日が100%となる。
試合当日はこれまでと同様、入場時に検温とアルコール消毒を行い、警備員の声がけによる観戦中のマスク着用の徹底を計る。その上で、スタンドに3台、コンコースに7台、球場外周にも3台の高精細カメラを設置し、観客のマスク着用率や人の流れをチェック。さらに、声援や会話をした場合に散る飛沫の影響を、理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」で細かく分析するという。
また、カメラを置けないトイレなどでは、ビーコンで人の流れや混雑度を把握できるかどうかの実験も行う予定。厚労省が開発した感染者とのスマホ用接触感染アプリ「COCOA(ココア)」をはじめ、LINEの「コロナお知らせシステム」、KDDIの位置情報なども活用し、観戦終了後に球場周辺でのトラッキングがどこまで可能かも検証する。
こうした実証実験にはなるべく多くの観客を集め、協力してもらうことが必要不可欠であるため、DeNA球団では阪神3連戦のチケットを最大35%まで値下げすることを決定。応援用の特別ユニフォームが付いたチケットも今月19日から公式ホームページで販売を始めた。入場時に、大人、子供、男女別に7種類用意されたユニフォームからひとり1着選ぶことができる。
この阪神3連戦は、横浜での今季最終戦でもある。つまり、スタンドを満員にした状態での試合開催が可能かどうか、感染リスクをどの程度まで抑えられるのか、実験して確認できる今年最後の機会でもあるわけだ。横浜は来夏の東京オリンピックで使われる球場ということもあり、政府としては何とか年内にこの実験を実現させ、本番に必要なデータを収集しておきたかったらしい。
もちろん、プロ野球界でも、コロナ・シーズン初の〝満員興行〟に期待の声が高まっている。あるセ・リーグ球団関係者は「これが来季に向けての起爆剤になってくれれば」と、こう強調した。
「今回の横浜での〝満員興行〟が成功すれば、来シーズンは開幕から収容人員の上限を撤廃するか、そこまではいかなくとも、8割ぐらい観客を入れてスタートできるかもしれない。逆に、この実験が来年まで延びたら、また開幕から上限50%のままで試合をやらざるを得ないでしょう。
球団や球場によって差はありますが、本拠地1試合の粗利は少ないところでも大体1億円、多いところは2~3億円に上る。それが今年は半分以下になってしまい、どの球団も給与カットや人員整理などのリストラを迫られているのが実情です。
だからこそ、DeNAさんには今回の実験でスタンドをいっぱいにしてほしい。ここ数年、神奈川県以外のベイスターズファンも増えていて、他球団の球場への波及効果も望めますからね」
しかし、いまも感染拡大が進んでいる中、球界の外では悲観的な見方も絶えない。大手メディアの五輪担当記者はこう言っている。
「感染症の専門家は、球場の中はもとより、球場周辺での3密状態を不安視しています。とくに試合終了後は、JR関内駅など最寄駅にお客さんが大勢殺到し、プラットホームから溢れ出しそうになりますからね。実際、昨年までは試合後1時間くらい、事故防止のためにエスカレーターを止め、駅員がホームへの時間差入場を仕切っていたほど」
当然ながら、DeNAも他球団と同様、上限1万6000人の現在も試合後の混雑を避けるため、一定の時間を置いて観客を退場させる「規制退場」を行っている。とはいえ、試合終了後の1時間くらいはやはり、帰路を急ぐ観戦帰りの乗客で関内駅も京浜東北線の車内もそこそこ混み合っているのが実情だ。
試合後、球場周辺が観戦帰りの観客で混雑する事態は、入場者数の上限を上げるに当たって、以前から大きな懸案のひとつになっていた。そのため、どこの球場でもアナウンスや係員が「ご自分の席で退場時間までお待ちください」と、丁重に〝お願い〟しなければならない。
ヤクルトの本拠地・神宮球場では退場時間待ちの観客のため、チームマスコットのつば九郎がグラウンドでオモチャのギターを弾いたり、ラッパを鳴らしたりと、特別にパフォーマンスを披露し、子供や親子連れに人気を博していた。DeNAも今月末の〝満員興行〟の試合後には、観客の足を止めさせる演出やサプライズを用意してもらいたいところだ。
また、他球団の球場に〝満員興行〟の波及効果があるかどうかも、現状ではまだ疑問と言わざるを得ない。熱心な地元ファンの多い横浜や広島の本拠地・マツダスタジアムを除き、ここにきて観客の減少している本拠地球場が目立つからだ。
例えば、9月19日以降、入場者数の上限を1万9000人に引き上げた巨人の東京ドームは、ほぼ満員と言える1万8000人台が一度もない。昨年まではカープファンが詰めかけていた9月23日の広島戦が1万3605人、神奈川在住の熱心なファンが多いDeNA戦も今月7日が1万2419人、8日が1万2742人と、2日連続で6000枚以上の切符が売れ残っていた勘定である。
巨人は首位を独走中で、優勝マジックナンバーを順調に減らしている。そんな中、球団新記録の開幕14連勝がかかったエース・菅野智之が予告先発した10月13日、しかも人気カードの広島戦ですら1万6507人がやっと。ちなみに、この数字は今季最高ではなく6番目だった。
コロナ前だった昨年まで、巨人の主催試合は地方開催を含めても平均4万2000人台をキープ。東京ドームの上限は約4万6000人で、入場者数がたまに4万1000人台に落ちただけで、読売や球団内部で「営業はもっと頑張らないと」という声が飛び交う。そういう球団で、入場者数がキャパシティーの半分にも満たない1万8000人にも届かなくなっているのだ。