「エースと4番は育てられない」
今年2月11日に亡くなった名将・野村克也氏の残した名言のひとつである。いつの時代でも、どこの球団でも、真のエースと4番が務まるほどの選手は、ドラフト1位の即戦力か、他球団でそういう役割を評価されて移籍した実力者がほとんど。ドラフト下位でプロ入りし、二軍から這い上がって4番やエースへ成長した選手は滅多にいない、という意味だ。
ノムさんは生前、「150㎞以上のスピードを出せる肩、打球をスタンドまで飛ばせる力は、いくら練習して鍛えても身につかない。最初からその選手に生まれつき備わっているものだ」と強調していた。だから、「監督にとってエースと4番は育てるものではなく、出会うものなんだ」という理屈である。
しかし、プロ野球の真理には、たとえ少数であっても常に例外が存在する。それを証明した、いや、証明しつつあるのが今季、筒香嘉智(現大リーグ・レイズ)に代わってDeNAの4番に座った佐野恵太だ。
昨季までの3年間、もっぱら代打の切り札だった25歳の若者が、アレックス・ラミレス監督に新4番に抜擢され、開幕からスタメン出場を継続。どこまでもつかというファンや周囲の見方をよそに着実に結果を出し、今月5日には打率3割5分3厘でセ・リーグ1位に躍り出た。その後もヤクルト・村上宗隆、広島・鈴木誠也ら、リーグを代表する選手と激しいトップ争いを繰り広げている。
2016年秋のドラフトでDeNAに指名された順位は、明大出身だったにもかかわらず最後の9位。この年のドラフト全体で指名された87人中84番目という評価の低さだった。
このとき、佐野の指名を決断したのは当時のGMで、明大の先輩でもあった高田繁氏。ただし、大学つながりで目をつけていたわけではなく、「最後にもうひとり獲っておこうと思っていた野手がふたりいて、打てるのはどちらかとスカウトに聞いたら、佐野という答えだったから」と、高田氏は話している。この時点での期待度は、「守りは苦手なようだから、代打で使えるようになってくれればいい」というぐらいだったのだ。
しかし、ラミレス監督は1年目から佐野の選球眼、スイングスピード、打席でのアグレッシブな姿勢など、秘めたるポテンシャルの高さに注目。代打での出番を増やして経験を積ませると佐野も期待に応え、3年目の昨季、代打で打率3割4分4厘、2本塁打、11打点と急成長を遂げる。
さらに、ここまできたらと、ラミレス監督が昨季8月中旬から佐野を初めて4番に抜擢したら、11試合で3割1分6厘という高打率をマーク。このように十分な〝助走期間〟を経て、昨年のシーズンオフ、ラミレス監督は自ら佐野を食事に誘い、「来年は4番とキャプテンを任せる」と直々に要請したのである。
今年2月の宜野湾キャンプあたりまでは、「本当に佐野に筒香の後釜が務まるのか」という声がチーム内でも聞かれた。
昨年までは練習前のミーティングで筒香が挨拶に立ち、「みなさん、きょうもいい練習をしましょう!」と全選手にゲキを飛ばしていたが、さすがに佐野にはまだそこまで筒香の真似はできず。「何かメリハリがなくなっちゃったな」「4番もシーズンが始まったら2年連続本塁打王の(ネフタリ・)ソトや新外国人の(タイラー・)オースティンがやるんじゃないか」という声がスタッフの間からも漏れ伝わってきたものだ。
そうした中、佐野のメンタルの強さを強調していたのは、チーム(当時は大洋)の4番の先輩、田代富雄チーフ打撃コーチである。
「筒香のあとに4番とキャプテンをやってるんだから、本当はすごいプレッシャーもあるはずなんだよ。でも、佐野はそういう素振りをおれたちの前でまったく見せない。いつも明るく笑ってるのがすごいよな」
肝心の打撃に関しては、「佐野はバットの出る角度がいい」と、経験豊富な田代コーチらしい指摘。「下手に上のほう(長打、本塁打)を意識するとおかしくなるんだが、そういうところがない」と言う。
自分が決してホームランバッターではないことなら、佐野本人もきちんと自覚しているようだ。実際、6号ソロ本塁打を含む3安打で打率トップに立った今月5日の試合後も、ヒーローインタビューで「これからもホームランを期待してよろしいでしょうか?」と水を向けられても、「しないでくださ~い!」と大声で〝謙遜〟していた。
ドラフト9位指名に踏み切った高田GMの決断、代打の切り札からじっくりと育成してきたラミレス監督の指導力がなければ、いまの「4番・佐野」はなかった。そういう意味で、佐野は〝名将・野村語録〟に収まらない〝育てられた4番〟像を示していると言っていい。