赤坂英一の野球丸

2020年7月29日

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 最近、ナゴヤドームの記者席で久しぶりに会った中日関係者が、「いよいよ真価を発揮してきましたね」と声をかけてきた。早くも7月に一軍デビューを果たし、本来の長打力を見せている中日のドラフト1位新人・石川昂弥(19・東邦)のことである。高卒新人内野手としては中日の大先輩・立浪和義(49)以来の逸材と言われるスーパールーキーは、1年目でレギュラーを取れるのだろうか。

(SpicyTruffel/gettyimages)

 石川昂は当初、今季いっぱいは二軍でじっくり育てられる予定で、毎試合4番・サードで出場を続けていた。が、同じサードの主将・高橋周平(26)が左太腿肉離れで離脱したため、7月12日に急遽一軍初昇格。早速その日の広島戦(ナゴヤドーム)に初スタメン(7番・サード)で初出場するや、初打席で二塁打を放っている。

 広島・遠藤淳志(21)のチェンジアップに体勢を崩されながら、巧みに左翼線へ運んだ技ありの一打で、初安打が初長打になる上々のデビュー。ちなみに、一軍初昇格も初スタメンも中日の高卒新人では異例の大抜擢で、プロ初ヒットも12球団の高卒ルーキーの中で今季一番乗りという〝快挙〟でもあった。

 しかし、この一打で他球団のバッテリーに警戒されたのか、以後はバットからパッタリ快音が途絶え、21打席連続ノーヒット。15日のDeNA戦(ナゴヤドーム)では2三振のあと、チャンスで回ってきた第3打席に代打・阿部寿樹(26)を送られ、翌16日にはもうベンチスタートとなった。これが、石川昂が初めてぶつかった〝プロの壁〟である。

 二軍では150㎞以上の真っ直ぐを持ち前のパワーで弾き返していたのに、一軍の投手に変化球を混ぜられると、140㎞台の直球でもきっちり芯で捉えることができない。毎試合、石川昂の打撃を見守っていた父・尋貴さん(48)も、「これが一軍の技術と配球なのか」と、改めて息子を送り出したプロのレベルの高さを感じていたという。

 17日からの阪神3連戦(甲子園)ではスタメンで起用されたが、ここでも音無し。まだ一軍は敷居が高かった、二軍へ逆戻りするのも時間の問題かと思われたが、22日の巨人戦(ナゴヤドーム)、我慢強くスタメンで使い続けた与田剛監督(54)の期待に応える。

 先頭で回ってきた七回の第3打席、巨人の4番手・鍵谷陽平(29)のカットボールを逆方向へ合わせるように運んで、プロ2安打をマークする。この打席で手応えをつかんだのか、八回1死三塁で回ってきた第4打席では、巨人・澤村拓一(32)の157㎞の速球を弾き返し、左翼フェンス直撃のタイムリー二塁打である。

 初のマルチ安打で初打点も記録し、勢いに乗った石川昂は、翌23日にも巨人のC・C・メルセデス(26)から左中間フェンス直撃の二塁打を打っている。試合後、彼が報道陣の代表取材で語った自己分析が大変興味深い。

 「初球の甘いボールを1球で仕留めることができた。それはいままでなかったので、よかったです。(21打席無安打の時期は)自分のフォームも正直、見失ったというか、わからなくなって……。ボールを見よう、見ようとし過ぎて、どんどん構えが小さくなってしまっていた」

 長打力を期待されてプロ入りした高卒新人は、えてしてこういうスランプに陥りやすい。私はかつてセ・リーグ打点王となった高卒の長距離打者で、現在打撃コーチを務めている元選手に「若手のころは萎縮してしまって、本来の打撃を取り戻すのに時間がかかった」と、こんな苦労話を聞いたことがある。

 「高卒1年目で一軍に上がると、周りはトシの離れた先輩ばかりでしょう。監督やコーチは親かそれ以上に年上だし、実績のある先輩たちからは威圧感も感じる。二十歳そこそこでそんな環境に置かれると、凡退や失敗したときの周りの目が気になるものなんです。

 とくに走者のいるチャンスで思い切り振り回して抑えられたりすると、先輩たちの目が怖くて、ベンチへ戻りたくなくなるほど。怒鳴られたり、何してんだと言われたりしなくても、そういう視線が突き刺さってくるように感じられました。それで、無意識のうちに長打を捨てて、コツコツ当てにいく単打狙いの打撃になっちゃったんです」

 大成した高卒野手を例に取ると、かつての松井秀喜(46、元巨人、ヤンキース)、いまのレイズ・筒香嘉智(27)、日本ハム・中田翔(31)も、駆け出しのころはそういう辛酸をなめた。実際、1年目(1993年)の松井の本塁打は11本にとどまり、筒香、中田は一軍に定着するまで約4年を要している。今年3年目で伸び悩んでいる日本ハム・清宮幸太郎についても、「結果ばかりほしがる精神状態が影響しているのだろう」と指摘する球界OBが多い。

 恐らく「自分のフォームを見失っていた」という石川昂のコメントからして、このスーパールーキーもかなり悩んでいたのだろう。そこから脱出するきっかけとなったのは、父・尋貴さんからLINEで届いた「猫背になってるぞ」という助言だったという。

 そういう話を聞いて、私は、石川昂がまだ中学3年生だったころ、愛知知多ボーイズで活躍していたときのことを思い出した。彼は当時、すでに将来を嘱望されている存在で、小中学生を指導している中日OB・水谷啓昭氏(66、元中日投手、コーチ)から「将来は巨人・坂本勇人(31)クラスになる」と絶賛されていた。

 「リストが強くて、スイングが鋭い。投手もやっているぐらいで、いい肩をしている。彼が内野一本に絞ってプロに入れば、スケールの大きなスター選手になるでしょう」

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