歳出の無駄は誰かの所得
かつては経済学者が歳出の中身を議論していた。井堀利宏・東京大学名誉教授は、『「歳出の無駄」の研究』(日本経済新聞出版社)などで、無駄を問題にしていた。井堀教授の指摘する無駄は、公共サービスの質を劣化させないで削減できる歳出、建設費用の割には便益を生まない公共事業、医療における過剰な検査・薬漬けなどを例とし、国と地方を合わせて14兆~21兆円の無駄があるとしている。
ただし、無駄と言っても、人件費や事業費が高すぎるというものなので、無駄をなくせば、政府からの仕事を受注する企業にとっては売り上げの減少、政府で働く人にとっては賃金の引き下げになる。これを考えると、学者が歳出の無駄について発言しないのも理解できる。歳出を議論すれば、誰かの所得や売り上げを減らせということになるからだ。しかし、増税しろというのも、誰かの所得を減らすことだから、なぜ最近の学者の多くが増税のみに熱心なのかは分からない。
大阪市による阿倍野再開発事業2000億円の損失をはじめとする箱物行政の壮大な無駄が指摘されてきた(松浪ケンタ著『大阪都構想2.0』祥伝社)。もちろん、これらの無駄も、受注した業者には売り上げで、そこで職を得た人々にとっては所得である。
いずれも話が古いという批判があるかもしれない。ここ10年で競争入札は拡大され、大阪の無駄は日本維新の会の活動により削減された。しかし、コロナ禍で、あぶりだされた無駄もある。
コロナ感染を恐れて人々が病院に行かなくなった。厚生労働省「病院報告」によれば、本年5月の1日平均外来患者数は95.3万人で、昨年に比べ約3割も減少している。もちろん、子どもの予防接種が減少しているなど、明らかに問題が生じている面もあるが、死亡者は増えていないようである。これは、医療提供体制が過剰であったとも言える。ただし、これももちろん、医療関係者の所得が減った上での無駄の削減である。
政府の無駄が減らないのは、役人の予算獲得競争もあるだろうが、無駄が誰かの所得であることが大きいのではないか。あまりにひどければ維新のような政党が出てくる余地がある。しかし、小さければ誰も気が付かない。そこに気が付くことが、現在と将来の日本を豊かにすることではないか。
■トランプVSバイデン 戦の後にすべきこと
Chronology 激化する米中の熾烈な覇権争い
Part 1 21世紀版「朝貢制度」を目論む中国 米国が懸念するシナリオ
Part 2 激化する米中5G戦争 米国はこうして勝利する
Part 3 選挙後も米国の政策は不変 世界情勢はここを注視せよ
Part 4 変数多き米イラン関係 バイデン勝利で対話の道は拓けるか
Column 1 トランプと元側近たちの〝場外乱闘〟
Part 5 加速する保護主義 日本主導で新・世界経済秩序をつくれ
Part 6 民主主義を揺るがす「誘導工作」 脅威への備えを急げ
Part 7 支持者におもねるエネルギー政策 手放しには喜べない現実
Part 8 「新冷戦」の長期化は不可避 前途多難な米国経済復活への道
Column 2 世界の〝プチ・トランプ〟たち
Part 9 日米関係のさらなる強化へ 日本に求められる3つの視点
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