WEDGE SPECIAL OPINION

2020年11月27日

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谷口智彦 (たにぐち・ともひこ)

慶應義塾大学大学院SDM研究科教授(前内閣官房参与)

2013年1月から安倍晋三首相退任まで、同首相の外交政策演説を起案。2005〜08年、外務省外務副報道官。先立つ約20年『日経ビジネス』記者。元ロンドン外国プレス協会会長。東京大学法学部卒。1957年、香川県生まれ。

南北統一された「新朝鮮」の核弾頭が最初に向けられる先は、日本だ(KNS/KCNA/AFP/AFLO)

 リチャード・ローレス (元米国防総省副次官〈アジア太平洋安全保障担当〉)氏による『核保有国の北朝鮮と日本、INFオプション』という別掲の記事をご覧いただくと、衝撃的な提案が、記事の半ば以降で日本について検討したところ、とりわけ日本にとって「重大な決断」を促す部分に現れる。

 多忙な読者は、まずそこから読まれるといい。日本に、中距離核戦力(INF─但し通常弾頭と換装可能の)を米国との共同管理でもつよう促している。即断と実行を看板に掲げる新政権発足の機を捉えたところなど、著者はあくまで本気だ。日本に、米国との共同でだが、事実上の核武装を説く。妥協のない豪速球である。

 日本の反核世論を顧慮した形跡は見当たらない。半面、核・通常爆弾両用のINFを日米共同で日本に置くことが必要にして当然である理由については、辛抱強い解説ぶりだ。

 著者リチャード・ローレス氏は1946年生まれ。若い時分に陸軍の命令で朝鮮語を学ぶ。ベトナムで、参戦中だった韓国軍との連絡要員を務めるはずが、任地は朝鮮半島に。米情報収集艦「プエブロ号」拿捕、厚木基地所属米海軍電子偵察機撃墜と、北朝鮮による挑発が続いていた。以後は一貫して、情報オフィサーとして働く。核開発の兆候を北朝鮮で、韓国で見極め、日本でその能力を測ろうとした足跡を自ら回顧し「核を追う(Hunting Nukes)」半生だったと看ずる著者は、同名をタイトルとした回想録をもうじき出す。

 北朝鮮に核を棄てさせようとした米日中露韓朝の「六者会合」に、著者は米国防総省副次官として関わった。在沖縄米海兵隊航空基地を普天間から辺野古へ移す日米交渉にも、主役として携わった。豊かな経験は著者に、歴史を見る尺度において長く、現状把握において最新の鑑識眼を与えた。

 そこが、本論文の執筆に際し著者が依拠したところだ。日本に向けた警世の文であるから、本作は、日本に良かれと念じた善意の作でもある。鬼面人を嚇す論をなしたところで著者にめぼしい実益は生じず、その動機を疑う必要はない。

 本論文は第一に、米韓同盟が早晩消滅すると明確だ。第二に、北朝鮮が核戦力を増強するのをもはやくいとめられないと見て、第三にはいずれ現れるであろう南北一体化後の「新朝鮮」に核戦力は残り、しかも韓国側の技術力を得て高度化するうえ、その向かう先は第一に日本になると見通す。

 片や中国からの威嚇は今後昂進し、中国側が火ブタを切ったとして、米軍は即応できないだろうと、突き放したリアリズムに立つ。東アジアは著者の分析によるところ、日本人の国民感情、核アレルギーにかまけてくれるほど悠長な場所ではない。けだし、それらに筆を及ぼさないゆえんだ。

 国家国民のいのちと財産をいかなる状況でも十全に守ることは、どの国、どんな指導者とも同様、日本の為政者にとって最も高次の責務であること、言をまたない。東アジアの軍事的現実は、遂に日本に、見ずに過ごしてきたものに目を見張らせる。考えたくないばかりに考慮せずにきた政策の選択を、避けられないものにする。それがすなわち、INFの日本配備だと著者は主張するのであるから、予断を控えてその立論根拠を虚心に眺めるべきだろう。日本について論じた箇所から結末まで読んだら、韓国を「もはや頼むに足らず」と断じるなど直截な議論に富む前半部を味読されたい。

 先の大戦でわが国同様完膚なきまでに敗北したドイツ(正確には西独)は、ソ連がもつ圧倒的通常兵力に脅えた。核戦争勃発時には東西両独が主舞台となり、自民族が滅びかねない。恐怖は尖鋭で、それが西独の軍事思想を現実主義にした。選ばれた方策が、米国の核爆弾を西独領内に置き、使用は双方合意のうえとするやり方だ。核抑止の意思と能力を折半する「デュアル・キー(二重鍵)」方式という。

 第一義的にはあくまで抑止力としての核。また航空機搭載型が主流の爆弾はいろいろで、広島型原爆の2パーセントと至って弱い力しかない種類も含まれていたらしい。いまもなお、戦術核爆弾200基内外が、ドイツはもとよりイタリア、ベルギー、オランダ(に加え従来はトルコ)に配備されている。これが、欧州の現実だ。日本も長い夢から醒め、二重鍵方式を採用すべきだと著者は説く。

「北朝鮮は、明日にでも日本の原子力発電所、軍事基地、または皇居を〔核攻撃の〕標的にする一方、米国の施設は攻撃しないという作戦をとる可能性がある」と、著者はいう。

 人類史上稀な継続性を保つ天皇家が東京の中心に住まわれ、攻撃に対し防備十分といえない状態にある。このことはわが国に、特異な脆弱性を与えた。思うもおぞましいことながら、核第一撃が東京の中心を見舞った場合、わが国にたとい第二撃の力があったところで、その発動時点で日本は既に日本ならざる別物になりおおせているということがあり得る。著者の冷徹な目は、そんな可能性を見逃さない。見たくはない現実でも、ダチョウよろしくアタマを地面に埋め目を塞いだところで、それが霧消してくれるわけではない。

 INFを積む潜水艦を日米共同で運用するという選択─抗堪性が高く同盟の力を活かせる─途もあると、著者は付け加える。いずれにせよ、広く意見を募り、国民が納得する線に落とし所を狙える類いの問題ではない。最も強い政治力をもつ首相の覚悟によって、必要ならば民の声を黙殺してでも実行すべき主題だろう。日常からの連続面で実現することは、おそらく至難。非連続の破断面で断固たる実行力をふるう指導者がいて、初めて成就できる類いの課題か。

 昨今わたしたちは中国の脅威に耳目を属すあまり、南北コリアの合同体が核戦力を強化し現れる恐れを、いつしか等閑視してきた憾みがある。ローレス論文は、頂門の一針だ。

 とはいえ朝鮮半島に関して、日本のわれわれには、長い間かけ身につけた世知があり、常識がある。形はどうあれ南北が一緒になるとして、貧しい平壌が、その際むしろ上手を取るとみるローレス氏の判断はさすが豊かな経験にもとづくものであろうが、移行期の混乱は簡単に収まりなどすまい。

 韓国からは富が先を争い流出し、連れて、富める者は遠くへ、貧者は近隣の例えば日本へわれ先に脱出しよう。ソウルの政治は四分五裂、各勢力が中国に、かつは米国に寄る辺を求め、街頭行動とあいまち混乱は収拾不能となろう。これを好機と見るのは、何も平壌だけではあるまい。中国が統治に乗り出さないと、決めてかかれるだろうか。そこらを尋ねれば、ローレス氏はいくらでも悲観的観測を語りつつ、「この稿は日本に警鐘を鳴らすため書いた。準備怠るべからずというところ、自分の主張は変わらない。いやむしろもっと強調する必要が生じる」と、そう主張するのではないかと思う。

  
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