2024年11月21日(木)

安保激変

2012年8月16日

 菅・民主党政権は明らかに尖閣問題で対応を誤った。日中間には尖閣をめぐる対立を外交問題にしないという暗黙の了解が存在してきた。1972年の国交正常化から78年の平和友好条約締結に当たって、一つの大きな障害がこの尖閣の領有権問題だった。しかし、自民党と共産党はこれを棚上げし、偶発的な事件が起こっても穏便に処理してきた。一つの例は、2004年に中国人活動家が魚釣島に上陸した時に、当時の小泉政権がこれを逮捕後に即国外退去としたことである。日中友好40年は、この暗黙の了解に支えられていたと言っても過言ではない。

 しかし、この暗黙の了解は自民党から民主党には引き継がれていなかった。だからこそ、民主党政権は漁船を逮捕・送検したのだ。民主党からすれば、領土問題に関するこれまでの自民党の事なかれ主義との違いを世論にアピールする狙いもあったはずだ。船長の逮捕は、海上保安庁を所管する立場にあった前原誠司国土交通大臣主導で行われた。前原氏はその後の内閣改造で待望の外務大臣となり、訪米先でクリントン国務長官から尖閣が日米安全保障条約第5条の対象であるとの確約を引き出した。まさに「強い外務大臣」をアピールできたのである。

中途半端にけんかを売って負けた日本

 確かに、中国共産党は日本側の強硬姿勢に驚いた。だが、中国はより強硬な態度で反撃した。民主党政権には船長を逮捕した後のシナリオが明らかに描けていなかった。言い換えれば、落としどころが見えないまま船長逮捕に踏み切ってしまったのだ。レアアースの禁輸やフジタの社員の拘束という圧力に民主党は耐えられず、中途半端に中国政府にけんかを売って負けてしまった。

 ここで重要な疑問が浮かぶ。中国からの外交圧力の下で仙谷官房長官が主導して船長の釈放が行われたことは間違いないが、逮捕を主導し、アメリカからの支持まで取り付けた前原氏は釈放に納得したのだろうか。

 これに答える鍵はアメリカの意向にある。アメリカは尖閣が安保条約の対象だということは再確認したが、その一方で日本側に船長の釈放による事態の沈静化を強く希望したのだろう。日米外相会談の後の国務省の声明は、日本に対する支持を表明するというよりも日中双方に自制を求めるものとなっている。つまり、船長の釈放には事態の拡大を求めないというアメリカの意向が強く働いていたはずだ。だからこそ、前原氏も船長の釈放を受け入れざるを得なかったのだ。

 事実、漁船衝突事件以降も日本政府は尖閣の現状維持を基本とし、巡視船を1隻増強し、離島の保全という文脈で最低限の管理強化を目指しているに過ぎない。言い換えれば、自民党時代の暗黙の了解は消え去ったが、アメリカの強い圧力により、民主党は尖閣に関しては現状維持を基本としているといえる。


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