前回の『ゲノム編集では医療活用と品種改良を区別せよ』で触れたとおり、機能性成分のγ-アミノ酪酸(GABA=ギャバ)を多く含むようにゲノム編集で品種改良したトマトが国への届出・情報提供を11日に終え、商用化へと一歩を踏み出しました。ゲノム編集食品の届出第1号。新品種名は「シシリアンルージュ ハイギャバ」です。
この届出は、品種改良、食品生産における大きなエポックメーキングとなるかもしれません。11日夕には、開発者・企業による会見も行われました。来年2021年に苗を無料配布し家庭菜園で育ててもらうことも公表され、申込み受付も始まりました。詳報します。
GABAは、血圧上昇を抑制する
GABAはアミノ酸の一種で、人が一定量をとると血圧上昇を抑制する効果がある、とされています。トマトはもともと、比較的多くのGABAを含む野菜ですが、血圧上昇抑制効果を得るには、普通のトマトなら毎日100〜200g程度は食べなければなりません。それは無理です。そのため、日常的に楽に食べられる量で効果を得られるように、GABAを増やす品種改良(育種)が行われました。
開発したのは筑波大学の江面浩教授 (現・同大つくば機能植物イノベーション研究センター・センター長)ら。2005年からトマトの成分と遺伝子に関わる研究を行い、その成果を基に、2015年にゲノム編集による育種を始めました。GABAは、トマトの体内でグルタミン酸というアミノ酸から作られます。グルタミン酸からGABAを生合成する過程にかかわるGADという酵素の遺伝子のDNAを切ってゲノム編集を施し、GADの活性を上げてGABAがたくさん作られるようにしました。用いたのは、CRISPR/Cas9というゲノム編集のツール。2020年のノーベル化学賞はこのツールを開発した二人の女性科学者に送られています。
実験用のトマト品種でゲノム編集に成功しGABAが大幅に増えていることを確認して2018年に論文発表。さらに、市販されている人気の「シシリアンルージュ」の系統にゲノム編集を施しました。その結果、5〜6倍のGABAを含むGABA高蓄積トマト#87-17ができました。トマトを1個か2個食べるだけで、血圧上昇抑制効果を期待できます。
安全性の根拠は幾重にも国へ説明
ゲノム編集技術は、ゲノムの特定の場所を狙ってDNAを切る技術です。それにより特定の遺伝子が変異することで品種改良できます。国の制度では、「切ってあとは自然にお任せ。外来の遺伝子などはない」というタイプについては、「ゲノム編集でDNAに起きる変化は自然界や従来の品種改良でも起こり得る。したがって、安全性もそれらと同等である」とされ、審査はありません。
しかし、新たな技術であることや、新技術に不安を持つ消費者にも配慮して、食品としての安全性については厚労省に届出、飼料としての安全性については農水省に届出、環境影響については農水省に情報提供するルールとなっています。
届出や情報提供というと、企業が作った紙切れ1枚を各省が受けとるだけ、というイメージを持つ人が多いのですが、実態は大きく異なります。先に事前相談という仕組みがあり、国に対してかなり細かく説明しなければなりません。問題がなければ届出や情報提供へ、外来の遺伝子があるなど「従来の食品と同等」と言い切れないものはさらに、遺伝子組換え食品と同様の食品安全委員会等の審査へ進む、という流れです。
GABA高蓄積トマト#87-17も、ルールに則って事前相談をしました。GADの遺伝子のDNAをCRISPR/Cas9で切っただけなので、安全性については普通のトマトと同等と考えられます。しかし、根拠が必要です。外来の遺伝子等がないこと、GABA以外の栄養成分に変化がないこと、毒性物質や新たなアレルゲンが作られるようになっていないことなど、データを示して細かく説明しました。飼料としての安全性や環境影響についても、科学的な根拠を基に問題ないこと示しました。その結果、厚労省の薬事・食品衛生審議会に設置されている「遺伝子組換え食品等調査会」等の了承が得られ、やっと届出に至ったのです。