2024年4月26日(金)

食の安全 常識・非常識

2020年12月15日

販売の際には、ゲノム編集であることを表示する

サナテックシードによる表示。ゲノム編集技術で品種改良したことなどが明記される

 種子や苗を販売する際には、「この商品はゲノム編集技術で品種改良しました」「厚生労働省・農林水産省へ届出済」と表示する予定です。農業者等がトマト自体を販売する際にも表示を求めるべく、袋やシールなどもサナテックシードが提供します。

 国のルールでは表示は義務化されていませんが、ゲノム編集であるとかないとか、事業者が自己責任で示す「任意表示」は認められており、自主的に表示します。江面教授は「届出済みのゲノム編集食品は、安全が確保されている。表示は、安全かそうではないか、を判断するものではなく、情報を消費者に伝えてゆくためのもの」と説明しました。

11日の記者会見でGABA高蓄積トマトについて説明するサナテックシードの竹下達夫会長。手に持っているのは、ゲノム編集を施していない市販品種「シシリアンルージュ」。ゲノム編集した「シシリアンルージュ ハイギャバ」も、外見やGABA以外の成分等は同じ「シシリアンルージュ」と同等のものとなる

 それにしてもなぜ、高GABAで高付加価値を持つはずの「シシリアンルージュ ハイギャバ」の種子を販売せず、初年度は無料配布し、その後もわざわざ表示して売るのか? 相当なコストがかかるはずです。

 サナテックシードの竹下達夫会長は「このトマトは、消費者の健康を考えて開発したもの。まずは、消費者に家庭菜園で栽培してもらい食べてもらって、栽培の状況や食べての感想等をモニタリングして明らかにします。そうやって人々の理解を深めたい。供給に責任を持ち、透明性を確保しながら進めてゆきます」と話します。

 最初のゲノム編集食品なので、誤解を招いてはならない、農業者や消費者に科学的に適切に理解してもらいたい、という願いが非常に強い、と感じました。ゲノム編集技術を用いると、従来育種に比べて著しく短期間、低コストで育種が可能になります。江面教授は「消費者にとって必ずプラスになる技術だ」と断言します。透明性を保ち不安を抱く人たちに丁寧に説明し触れてもらいながら技術の理解に努めてゆく、というサナテックシードの姿勢に、第1号企業のプライドと共に、種苗業界全体のゲノム編集食品への熱い期待を感じました。

ゲノム編集は、品種改良のブレークスルーとなり得る

 育種は今、三つの局面から注目されています。将来の人口増をにらんだ食料増産、気候変動対策、そして、新型コロナ対策です。ゲノム編集は、育種における有力なブレークスルー技術の一つとみなされています。

 食料増産は世界的な課題です。2050年には地球の人口は約100億人にまで増えると国連は予測しています。先進国で大量に食料を捨て、開発途上国が飢餓に苦しむ、という現在の問題の解決を図り食品ロスを極力減らしたとしても、100億人の人口を養うには食料増産が必要。単位面積あたりの収量増加や栄養価向上、さらには毒性物質を減らしたり環境負荷を抑制したり、多様な育種が求められています。

 気候変動対策も重要。高温に耐える作物作りが必要ですし、温度が上がると害虫や病原菌も繁殖しやすくなるので、これらに強い作物を開発しなければなりません。従来のように数年〜数十年かけて育種するのでは、すさまじいスピードで進む温暖化には追いつけず、1年〜1年半の短期間、低コストで育種できるゲノム編集技術への期待が高まっています。

 最後に、新型コロナへの対応。新型コロナのパンデミックは食料生産や輸送、供給システムに大きな混乱を引き起こしています。とくに、開発途上国での飢餓は貧栄養の拡大が懸念され、国連等は何度も警告しています。各国が食料生産力を付ける必要があり、その地域に合った育種も行うことでSDGsにもうたわれる「レジリエンス」(打撃を受けてもしなやかに戻る力、回復力)を実現しなければなりません。短期間、低コストで行えるゲノム編集技術は、食におけるレジリエンス獲得の有力な方法論の一つです。

 トマトなどの野菜や、果物、穀物などの植物だけでなく、家畜や養殖魚でもゲノム編集技術の活用が研究されています。とくに困難が多く莫大なコストがかかった養殖向けの魚の育種において、ゲノム編集技術は飛躍的な成果を得られる可能性を秘めています。

安全を守りながら、世界に貢献する品種改良へ

 当然のことながら、安全性は確保されなければならず、国への事前相談や届出等のステップが非常に重要です。GABA高蓄積トマトに続きどのような食品が登場するのか? 注目されます。

 江面教授は今後、ゲノム編集により複数の形質を同時に変えるような育種研究に挑む、と話していました。例えば、高栄養かつ栽培しやすい、というような従来なら長い時間がかかった育種を一気に進められる可能性があります。

 個人的には、日本の育種学者には、国内の消費者需要に応える研究だけでなく、海外の開発途上国の飢餓や貧栄養の解消につながるような開発を進めてほしい。日本のゲノム編集への対応は他国に比べても早く、そのポテンシャルは十分にあります。実際に江面教授は作物の日持ちに関わる遺伝子を見つけています。ゲノム編集でその遺伝子を変異させ野菜等の日持ちがよくなれば、食品ロスを減らせ、コールドチェーンが普及していない開発途上国でもおいしくて栄養価の高い野菜が食べられるようになるかもしれません。

 ゲノム編集技術はさまざまな可能性を秘めています。世界に貢献する日本の技術研究となってほしい。そのスタートラインに日本は立ったのです。私もさっそく、苗の無料配布の申込みをしました。来年21年5月、苗が届き栽培するのが楽しみです。

<参考文献>

サナテックシード株式会社ウェブサイト
農水省・ゲノム編集技術の利用により得られた生物の情報提供の手続
農水省・届出されたゲノム編集飼料及び飼料添加物一覧
厚生労働省・ゲノム編集技術応用食品等
消費者庁・ゲノム編集技術応用食品の表示に関する情報
日本植物生理学会・みんなのひろば植物Q&A「ミニトマトの交配」
農水省・優良品種の持続的な利用を可能とする植物新品種の保護に関する検討会参考資料

お知らせ:松永和紀著の書籍『ゲノム編集食品が変える食の未来』(ウェッジ)が発売中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  
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