2024年4月27日(土)

食の安全 常識・非常識

2020年12月15日

新型コロナのパンデミックにより、届出まで時間を要した

 種子等の生産・販売は筑波大学設立のベンチャー企業である「サナテックシード株式会社」が担うことになっており、届出も同社が行いました。11日に会見した開発者の江面教授によれば、制度が決まってすぐ、2019年10月から事前相談が始まったそうです。すでに栄養成分分析やアレルゲン解析など必要なデータは揃えてあり、技術的な問題が疑われることはありませんでした。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行で専門家による会議開催が難しく議論が遅れるなどさまざまな支障もあり、1年あまりたった後の届出となりました。

 各省は、GABA高蓄積トマト#87-17について把握した情報をそれぞれのウェブサイトで既に公表しています。今後は、この事例も参考にして、ゲノム編集食品の事前相談や届出、安全性審査の仕組みが動いてゆくことになります。

厚労省の公表情報。厚労省の「ゲノム編集技術応用食品等」というポータルページがあり、その中に「ゲノム編集技術応用食品及び添加物の食品衛生上の取扱要領に基づき届出された食品及び添加物一覧」というPDFが置かれている。今後、届出された食品等がこの表に追加されてゆく 写真を拡大

トマトが店頭に並ぶのは2022年?苗は申込受付中

 では、このGABA高蓄積トマトをいつ、私たちは食べられるようになるのでしょうか?

 現在の予定では、トマトの市販は1年以上後の22年になってから。21年は、苗を希望者に無料で配り家庭菜園で栽培して味わってもらう計画です。個人的に、これには驚きました。

 種苗の提供の流れは少し複雑です。会見でも説明されたのですが、マスメディアの中にはこの流れを理解できなかったところも多かったようで、記事を読むと間違いが散見されます。

 まず、届出等を終えたGABA高蓄積トマト#87-17がすぐに新品種となって売られるわけではありません。GABA高蓄積トマト#87-17を親とし、別の系統のトマトを掛け合わせて得たものを「シシリアンルージュ ハイギャバ」と名付けて新品種とします。

 このような雑種の品種を「F1品種」とか「一代交配種」などと呼びます。雑種強勢という現象により、親よりも発育がよく大きさや形がよくそろい、商業作物として優れた性質を持ちます。市販されているトマト品種のほとんどがF1品種。「シシリアンルージュ ハイギャバ」も、GABA高蓄積トマト#87-17の性質を受け継いでGABA含有量は多くおいしく、1、2個食べるとGABAの効果を期待できる、とのことです。ちなみに、GABAは多く食べても過剰摂取の害は出ないとされています。

 21年は、GABA高蓄積トマト#87-17から「シシリアンルージュ ハイギャバ」の種子が5万〜9万粒程度得られる計画。これをタネまきし苗にし、21年5月中旬から6月中旬にかけて無償で希望者に配り、家庭菜園で栽培し味わってもらいます。すでに、種苗生産を委託されている「パイオニアエコサイエンス株式会社」のウェブページで、申込み受付が始まっています。

「家庭菜園から花粉が飛び交雑……」は、トマトでは起きない

 家庭菜園での栽培となると、「花粉が飛びほかのトマトと交雑し、知らない間にゲノム編集トマトを食べさせられるようになる」とか、「結実したトマトが地面に落ちて、種子が翌年芽を出し野生化する」などと言い出す人が出るかも。念のために解説しておくと、そんなことはまず起こりません。

 なぜならば、トマトは自殖性。つまり、自らのおしべとめしべで受粉して結実します。花粉が風などに吹かれて飛んでほかのトマトのところへ行き交雑する、という現象はほぼ起きません。そのような交雑を起こさせるのが非常に難しいことは、日本植物生理学会の質問コーナー「みんなのひろば」などで詳しく解説されています。

 また、F1品種から得られた種子は、メンデルの法則に従い親とは大きく異なる性質となるため、タネまきしても親のようなりっぱなトマトは得られません。また、栽培品種は人が手を掛けて育てるのに適した性質となっているため、野生化するような力もありません。

 現在、トマトの栽培が盛んに行われていますが、交雑や野生化問題などは起きてはおらず、ゲノム編集トマトも同様です。こうした問題が起きないことが科学的に明白だからこそ、苗を無償配布し、栽培や試食をしてもらうのです。

 また、F1品種から採れた種子には商品価値がないため、無償配布した苗から自家増殖されてゲノム編集トマトが売られる、というような事態は起きず、開発者の権利も守られます。

 苗の無料配布と平行して種子の生産量を増やし、2021年秋には農業者向けのF1品種「シシリアンルージュ ハイギャバ」の種子販売を始める予定です。それを農家が栽培すれば2022年の1月、2月ごろにはトマトが店頭に並ぶだろう、とのことです。


新着記事

»もっと見る