今回のテーマは、「トランプとエイブラムス、似て非なるもの」です。ドナルド・トランプ前大統領は2020年米大統領選挙は不正選挙であり、「投票が盗まれた」と主張しています。南部ジョージア州の元下院議員で18年の知事選においてブラアイン・ケンプ氏(共和党)に敗れた黒人女性ステイシー・エイブラムス氏(民主党)も、トランプ氏と同様、不正選挙が行われたと訴え続けています。
ただ、トランプ・エイブラムス両氏の選挙後の言動はまったく異なっています。そこで本稿では、まず両氏のどこがどう違うのかに焦点を当て、次に民主主義における選挙戦略のあり方について議論します。その上で、民主・共和両党の今後の選挙戦略の見所について語ります。
「投票抑圧」という選挙戦略
投票抑圧とは対立候補を支持する投票者に対して、虚報を流したり、嫌がらせや脅迫をして投票を行わないようにすることです。選挙戦略の1つとしてみてよいでしょう。
共和党が支配的な州では、投票の際に写真入りの身元証明書を提示しないと、投票ができないようにする動きがあります。民主党支持の貧困層の黒人及びヒスパニック系(中南米系)といった少数派は、運転免許証並びにパスポートを所持していないので投票を行うことができません。つまり、投票抑圧は投票権剥奪と同等と言えるかもしれません。
20年米大統領選挙では、トランプ前大統領の呼び掛けで、武装した自警団ミリシアが中西部ミシガン州の投票所の周辺に集まり、女性及び黒人に嫌がらせをして、彼らの票を減らすという強硬策に出ました。トランプ支持のミリシアが投票抑圧を行った訳です。ただこの時は、強硬策が裏目に出て郊外の女性票が逃げてしまいました。
エイブラムス氏はジョージア州の知事選で、当時候補であり同州の司法長官でもあったケンプ氏によって、約150万人が有権者名簿から取り消されたと批判しました。エイブラムス氏によれば、削除された多数が少数派で、その中には1968年から投票を行ってきた公民権活動家も含まれていました。
結局、ケンプ氏とエイブラムス氏との得票差は5万4723票でした。有権者名簿における約150万人の削除が真実であるならば、5万4723票は容易に逆転できた数字です。
加えて、エイブラムス氏はケンプ氏によって少数派が住む地域では投票所が閉鎖されたと指摘しました。少数派が多く住む地域にある投票所で働くスタッフの人数を減らせば、効率が低下し、投票を待つ有権者の長蛇の列ができます。そうなれば、民主党支持の少数派の中に投票を諦める者が出てきます。つまり、彼らの票を減らすことができるのです。これも投票抑圧の選挙戦略です。
共和党の「投票抑圧」を阻止しろ!
上のような不正選挙ができたのは、ケンプ氏が当時同州の司法長官であったからだと、エイブラムス氏は語気を強めました。確かに、知事選の候補が司法長官であれば、かなり有利に働くことは間違いありません。
そこで知事選後、エイブラムス氏は投票抑圧を阻止する動きに出ました。激戦州である中西部ミシガン州、ウィスコンシン州、東部ペンシルべニア州、南部ノースカロライナ州など20州で、「公平な戦い(Fair Fight)」という政治活動委員会(Political Action Committee、通称PACパック)を創設しました。この政治団体のミッション(使命)は公平な選挙の実施です。「公平な戦い」に所属する活動家は、投票抑圧の標的となっている民主党支持の非白人及び若者を教育し、投票所に出向かせました。
20年米大統領選挙におけるジョー・バイデン氏の勝利及び、21年ジョージア州連邦上院選決戦投票での民主党2議席獲得の背景には、「公平な戦い」の存在があった訳です。