2024年4月25日(木)

Wedge REPORT

2021年3月8日

実任務が多すぎて
訓練が減ることへの懸念

 東日本大震災の発災から8カ月後の11年11月、防衛大学校で開かれた、自衛隊の災害派遣の課題を考えるシンポジウムには、発災当時の陸上幕僚長だった火箱芳文氏と、横須賀地方総監だった髙嶋博視氏が出席。首都直下地震発生時の被害想定を、次のように語った(『防衛学研究』12年3月号)。

 〈関東直下型になりますと、これは多分人口の多さと密集地域という違いから、当初の人命救助や捜索活動が困難を極めます。救命者のオーダーが違うはずです。(中略)また自衛隊が存在する駐屯地等が潰れたり、被災民で満杯になり自衛隊が使えるかどうかの問題もあります〉(火箱氏)

 〈予想されるのは液状化現象ですね。東京湾岸のほとんどは埋立地だと思われます。この上に石油タンクがかなりあります。液状化になると多くのタンクが壊れます。油が海に流れ出る、あるいは火災が起きる。(中略)という状況になりますと、恐らく東京湾の航行、船舶の航行が大変難しくなることが予想されます〉(髙嶋氏)

 一方、1991年の雲仙・普賢岳の噴火災害以降、ヘリのパイロットとして多くの災害派遣に従事してきた海上自衛隊OBは、かつて現場にいた立場から、災害派遣の現状をこう憂慮する。「雪による車の立ち往生で、陸自の若い隊員たちが派遣されているニュースを見ると、それ以前に、自治体や国などの道路管理者は復旧のために全力を尽くしたのかと疑問に思う。また、鳥インフルエンザや豚コレラの殺処分も、果たして『自衛隊しか対処できない災害』なのか、と。要請する側の自治体は『非代替性』というものをよく考えて欲しい。現状が続き、若い隊員たちが心身を消耗することが心配だ」

 自衛隊の災害派遣は、原則的に①公共性公共の秩序を維持するため、人命、財産を社会的に保護しなければならない必要性がある、②緊急性:差し迫った必要性がある、③非代替性:自衛隊の部隊が派遣される以外に他の適切な手段がないこと─の3要件を満たさなければならないとされている。

 東日本大震災発災時の自衛隊制服組のトップで、延べ1058万人、174日間に及んだ災害支援を指揮した折木良一・元統合幕僚長は、これまでの災害派遣の取り組みを踏まえ、今後のあり方についてこう語る。

 「前提として、この災害大国の我が国で、自衛隊の災害派遣は必要不可欠。また阪神や東日本を経験し、大規模災害派遣への取り組みが、有事にも役に立ち、防衛の任務にも資すると実感しました」

 しかし、東日本大震災以降、自衛隊の災害派遣が常態化していることについては、こう指摘する。

 「やはり派遣を要請する側には、3要件、特に『非代替性』をよく検討した上でお願いしたい。別に、鳥インフルエンザなどでの派遣が嫌だといっているわけではなく、自衛隊に余裕が無くなっているのも事実です。

 例えば、殺処分での派遣の最中に、別の場所で大災害が起こったら、あるいは防衛警備上の問題が生じたらどうするか。そして最大の懸念は、災害派遣などの実任務が多すぎて、『日々の訓練』の時間が減ることなのです。自衛隊の基本は『日々の訓練』の積み重ね。それがあるからこそ、有事や災害時に力を発揮できるのです」

活動期限を区切り
「民間」に引き継ぐシステムを

 日米安全保障と危機管理が専門で、自衛隊の災害派遣にも詳しい中林啓修・国士舘大学「防災・救急救助総合研究所」准教授は、今後の災害派遣のあり方について「阪神・淡路や東日本大震災を経て、災害救助や復旧復興の有り様も変わりつつあり、災害派遣の3要件についても見直す時期にきているのではないか」と話す。

 「公共性」については「阪神以降、自治体などと連携して救援活動を展開する民間NGOも現れ、東日本以降は自衛隊の活動を民間企業がサポート、あるいは引き継ぐという事例もあり、『公共』の活動を『民間』が担うというケースも増えている」と指摘。さらに「非代替性」が加われば、「逆に、それらによって自衛隊の活動が縛られ、被災地から撤収する適切なタイミングを逃しているようにみえるケースもある」といい、その上でこう提言する。

 「自衛隊の災害派遣は『応急的な活動を短期集中的に行い、あとは民間に引き継ぐ』ようにすべきではないか。たとえば発災直後は『公共性』、『非代替性』にこだわらず、被災地域の自立的な復旧・復興に役立つことであれば、自衛隊には、できることを何でもやってもらうかわりに、活動期限を『2週間』、あるいは『1カ月』と明確に区切る。その後は、他省庁や自治体も含めた『民間』が引き継ぐ─といったシステム作りが必要だ」

 そして、そうした災害派遣の「期限を明確に切る」ことこそが、政治の役割であるとし、「自衛隊に対し『文民統制』を堅持するのであれば、災害派遣についても、政治が責任をもって『統制』すべきだろう」と強調する。

 災害と疫病は時と場所を選ばない。それは有事も同様だ。米中対立が深刻化する今、「新冷戦」の最前線は日本をはじめとする東アジアであり、中国が海警局の武器使用を許可したことで、沖縄県・尖閣諸島周辺海域の緊張もさらに高まっている。自衛隊の災害派遣が〝常態化〟する一方で、この組織の本来任務のあり方について、もっと目を向ける必要がある。

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■「想定外」の災害にも〝揺るがぬ〟国をつくるには
Contents     20XX年大災害 我々の備えは十分か?
Photo Report     岩手、宮城、福島 復興ロードから見た10年後の姿

Part 1    「真に必要な」インフラ整備と運用で次なる大災害に備えよ  
Part 2     大幅に遅れた高台移転事業 市町村には荷が重すぎた             
Part 3     行政依存やめ「あなた」が備える それが日本の防災の原点      
Part 4   過剰な予算を投じた復興 財政危機は「想定外」と言えるのか   
Part 5     その「起業支援」はうまくいかない 創業者を本気で育てよ          
Part 6   〝常態化〟した自衛隊の災害派遣 これで「有事」に対応できるか

  
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◆Wedge2021年3月号より


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