2024年11月5日(火)

Wedge REPORT

2021年4月17日

 
(MasaoTaira / iStock / Getty Images Plus)

 熊本県熊本地方にマグニチュード6.5の地震が襲った2016年4月14日。発生から30分後、被災状況を聞いた蒲島郁夫熊本県知事は「これ以降は、企画監に任せなさい」と救命救助に関わるすべてを県の危機管理防災企画監に就いていた退職自衛官・有浦隆氏に委ねた。

 救命救助に関する情報収集や救助活動への判断はすべて有浦氏が行い、被害報告の取りまとめや職員の対応管理など行政事務は県職員が指示を出す2つの流れが取られた。有浦氏は行政で用いる報告・伝達の手法や書式を統一させるのではなく、電話、ファクス、SNSなど、あらゆる方法で被害情報を収集し、実動部隊を動かした。

 「行政による情報収集は報告文書を作成するためになりがち。市民を助けるための情報収集に終始した」と有浦氏は振り返る。県の災害対策を練る防災センターでは、被害状況や消防隊などの動き、ハザードマップ、気象台からの情報を複合的に見られる体制にし、即時即決し、対応への指示を出した。

 この対応が功を奏したのが、避難所となっていた南阿蘇村の旧立野小学校にいた避難住民150人の移動だ。周辺地域でがけ崩れの恐れとの情報と大雨予報が入った。情報を複合させ、人命第一にと、避難住民を移動させた。結果、数週間後に土砂崩れが発生。地域で孤立させることなく、被害を最小限にとどめることができた。

顔の見える関係づくりが必要

 退職自衛官を採用する自治体が相次いでいる。だが、すべてで熊本県のような対応ができているとは限らない。

 国士舘大学防災・救急救助総合研究所の中林啓修准教授らが16年に退職自衛官を採用した自治体へのアンケート調査によると、その効果として、「自衛隊の災害派遣等の調整」を実感しているのは3割ほどで、熊本県のような「災害対策本部等の事務局統括」は1割ほどしかなかった。その背景には、自衛隊と自治体の組織運営方法や文化の違いがあるという。前出の有浦氏は「熊本県は自衛隊と良好な関係を築いており、初代危機管理防災企画監として期待される中で着任早々、鳥インフルエンザへの対応が奏功し信頼を得たところもある」と話す。

 そんな中、退職自衛官と自治体の距離を縮めているのが大阪府枚方市だ。18年6月の大阪北部地震で震度6弱の揺れを経験し、市民に防災への意識が芽生えつつあった。そこで、退職自衛官の中村義富美防災官は要介護者を受け入れる福祉施設や学校と合同防災訓練、社会福祉協議会と災害時ボランティア情報共有の訓練を企画した。

 同市危機管理室の臼井将之課長代理は「自治体が訓練を企画すると、行政内でできる範囲で設定してしまうので、要介護者や、民間との情報共有といった観点は、行政の殻を破りながら新たな視点を入れてくれた」と評価する。ただ、こうした訓練は市役所内のいくつもの部署をまたぐため、中村防災官は参加や協力に向けて数多くの調整を強いられた。「どの職員に話さなければならないかなかなかわからず、まずは役所内を知ることから地道に進めるしかなかった」と振り返る。

 臼井課長代理は「自治体がしっかり組織としての弱点を把握し、そこに退職自衛官の経験を入れ込むことを決めた上でどこまで権限を持ってもらうのか考えなければならない」と話す。退職自衛官を採用することが目的ではなく、いかなる役割を担ってもらうのかを決め、顔の見える関係を築き、力を発揮してもらうべきだ。

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■「想定外」の災害にも〝揺るがぬ〟国をつくるには
Contents     20XX年大災害 我々の備えは十分か?
Photo Report     岩手、宮城、福島 復興ロードから見た10年後の姿

Part 1    「真に必要な」インフラ整備と運用で次なる大災害に備えよ  
Part 2     大幅に遅れた高台移転事業 市町村には荷が重すぎた             
Part 3     行政依存やめ「あなた」が備える それが日本の防災の原点      
Part 4   過剰な予算を投じた復興 財政危機は「想定外」と言えるのか   
Part 5     その「起業支援」はうまくいかない 創業者を本気で育てよ          
Part 6   〝常態化〟した自衛隊の災害派遣 これで「有事」に対応できるか

  
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◆Wedge2021年3月号より


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