2024年11月25日(月)

中東を読み解く

2021年3月23日

メッカへの直行便

 だが、ネタニヤフ首相のこうしたワクチン戦略は必ずしもうまくいっていない。国民の圧倒的な支持を受けるところからほど遠いのが現状だ。事前の世論調査によると、首相の「リクード」は議会120議席のうち、30~32議席を獲得する見通し。政党の中ではトップだ。

 ラピド元財務相の反ネタニヤフの中道政党「イェシュアティド」が18~19議席、サール元内相の右派「新たな希望」やベネット元首相首席補佐官の「ヤミナ」が9議席前後を獲得する見通しだ。一時、「リクード」を凌ぐ人気だった「青と白」は4議席と凋落した。

 結局のところ、親ネタニヤフの「リクード」連合が51議席、反ネタニヤフ勢力が56議席を獲得すると予想されているものの、いずれも過半数には届かない。鍵を握っているのはネタニヤフ支持、不支持を鮮明にしていない「ヤミナ」といった情勢になっている。このため、選挙後には連立政権に向けて熾烈な多数派工作が繰り広げられることになるのは必定だ。

 イスラエルの政権発足の仕組みはまず大統領が第1党の党首に4週間以内の組閣を要請。要請を受けた党首は多数派工作を開始するが、期限が来ても政権を樹立できなければ、別の議員(第2党党首など)に同様の要請を行う。これでも組閣できなければ、今度は議会が3人目の議員に組閣を要請する仕組みだが、最終的に政権発足に到達しなければ、再選挙という規定だ。

 史上最長の在任期間を更新中の首相としては、すでに始まった汚職裁判で有罪の判決が出た場合に備え、議会で「刑事免責」の決定を勝ち取りたいという強い欲求がある。そのためには、なんとしても首相職にとどまり、影響力を行使し続けなければならないわけだ。そうした首相の思惑はなりふり構わぬ選挙戦に如実に表れた。

 首相は今回、これまで「テロの支持者」「イスラエル民主主義にとっての脅威」などと批判してきたアラブ系市民にも秋波を送った。同国のアラブ系市民は約180万人、人口の2割を占める。議会では15議席を保有しているものの、ユダヤ人社会の中で「二級市民」として扱われているのが現状だ。

 首相はアラブ人地域の遊説を増やし、イスラム教徒に閣僚ポストを与えると示唆、アラブ人支持者らが首相のことをアラビア語で“アブ・ヤイール”(ヤイールの父)と呼ぶことを歓迎した。ヤイールは首相の息子の名前だ。一方で、イスラエルからアラブ人の追放を主張する極右政党にも接近し、閣僚ポストを約束した。

 さらにネタニヤフ首相はアラブ首長国連邦(UAE)などアラブ4カ国と国交を樹立した「アブラハム合意」を成し遂げたことを誇示、「選挙に勝てば、イスラムの聖地サウジアラビアのメッカへの直行便をテルアビブから就航させる」と大風呂敷を広げた。選挙後に首相が見せるだろうしたたかな権謀術数を注視したい。

  
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